夕学レポート
2005年05月10日
高橋 伸夫 「日本型年功制復活のススメ」
高橋伸夫 東京大学大学院経済学研究科教授 >>講師紹介
講演日時:2004年7月22日(木) PM6:30-PM8:30
今回の『夕学五十講』は、最新著作「虚妄の成果主義」(日経BP社)の売れ行きが好調な東京大学教授、高橋伸夫氏の登場でした。
多くの企業が成果主義の導入を進める中、端的に「成果主義」の問題点を指摘し、メディアからも大きな注目を浴びている高橋教授のお話を聴こうと、会場は聴衆で埋まりました。
冒頭、高橋教授は上記著作について触れ、「虚妄の成果主義」というタイトルは編集者によってつけられたものであり、元々は、この本の副題になっている「日本型年功制復活のススメ」が、提案したタイトル案だったという裏話を披露してくれました。高橋教授としては、あまり売れるとは思っていなかったそうですが、現実には予想以上の売れ行きとなり、メディアからの取材も殺到しているそうです。
さて、この本で言いたかったことは、次の2つの点だったそうです。
ひとつは、日本企業の人事システムの本質は、「金銭」ではなく、「次の仕事」で報いる仕組みであったこと。もうひとつは、賃金制度は、動機づけのためではなく、生活費を保障する観点から平均賃金カーブが設計されてきたことです。この両輪が日本企業の成長を支えてきたと、高橋教授は指摘します。
高橋教授は、日本企業の経営のあり方に対する、大きな事実誤認があるのではないかと考えています。例えば、いわゆる従来の年功序列制度を運用してきたと言われる日本企業でも、実際にはトップの成績を収めている人と、ダメ社員と呼ばれるような人たちでは年収に倍くらいは差がありました。差のつかない年功序列ではなく、年功ベースで実質的な差がつく仕組みだったのです。したがって、従来の制度では差がつかないから、成果主義を導入するというロジックは間違っていたということになります。
また、社員の評価について見ると、エース級の社員とダメ社員については、従来からほとんど評価にぶれがないそうです。どの社員がエースで、誰がダメかというのは、誰が見ても判断がつきやすいからです。しかし、その間にいる社員に対しては、いわば「どんぐりの背比べ」であり、納得性が高い評価を行うのは難しいのです。例えば、AからEまでの5段階評価の場合、A(最高評価)、E(最低評価)についてはほとんど評価に変化がないが、B、C、Dについては、毎年その3つの評価の間で入れ替わる社員が数十パーセントもいます。それだけ評価の差がわずかなわけです。
したがって、成果主義を導入した場合、客観的な評価を行うことの難しさ、大変さが問題となります。マネージャーがその実力を認めている社員が低い評価になったり、あるいは、逆にあまり認めていない社員が高い評価になってしまったりと、マネージャーの実感・主観にあわない評価になる場合があるのです。客観評価を実施するのは非常に手間がかかるため、評価者に大きな負荷がかかりますが、差をつけにくい中間層の社員に対しては、ぶれの多い、納得性が高くない評価になる可能性が高いわけですから、そもそも客観評価をやる意義が問われてしまうわけです。
上記のような問題以外にも、成果主義にはさまざまな問題が発生します。例えば、同期のAさんとBさんが同じ部署にいたとして、Aさんをマネージャーに昇進させるために、客観評価が85点必要だとなれば、Bさんの評価をけずってAさんの評価を高くするということが起きるそうです。評価の結果としての「昇進」ではなく、「昇進」ありきで評価を逆算するということが運用上で行われてしまうのです。
また、「好き嫌い」といった上司と部下の相性の問題でさえ、成果主義の下では点数に落とし込まれることになるため、社員の納得性は低いものとなります。社員としては、「評価が低いから別部署に異動になります」と言われるよりも、「君とは相性が悪いから、異動してもらう」といわれた方がよほどすっきりするというわけです。さらに、目標達成度が評価の対象となると、達成度を高めるため目標自体を低く設定しようとしますし、担当部署が明確でない仕事は評価の対象にならないため、誰もやろうとしなくなります。あるいは、成果の出しにくい新しい仕事は、誰も取り組まなくなるのです。
そもそも、高橋教授によれば、「金さえ出せば働く」という考え方は間違いだということは既に100年前にわかっていたことだそうです。「金」のインパクトの強さは、仕事の喜びを奪ってしまうのです。だからこそ、金銭以外の動機付けとして、「ワークモチベーション」や、「リーダーシップ」「行動科学」などの研究が発展してきたのです。
高橋教授は、20代後半から社会人向けの研修の講師を15年にわたって務める中で、数多くの企業人の話を聞いてきました。その中で、最高の評価とは、「また君と一緒に仕事がしたい」という言葉であることや、成果を出した社員はその見返りとして、目先の金ではなく、より権限のある、規模の大きい仕事を求めることを知ります。したがって、日本企業では、今の仕事の報酬は、次の仕事であったという点に確信を持っているのです。企業の仕事は面白い仕事ばかりではありません。成果の出しにくい、地味な裏方の仕事もあります。でも、その仕事を通じて会社全体の動きが見えてくることもあり、がんばれば、より大きな仕事が次に待っている、そんな期待が、今の仕事に対するモチベーションになっていたのです。
ところが、成果主義の下では、成果に連動して金銭的報酬が決まるわけですから、そもそも成果が出しにくい仕事に配属された結果として、低い評価になったのだとしたら、社員としては納得できないでしょう。かといって、今の仕事の対価としてお金はちゃんと払っているのだから、嫌な仕事でも文句を言わず働け、と言われても、これもまたやる気を高めることにはつながらないでしょう。
したがって、高橋教授は、「マネー」を禁じ手にすべきであると考えているのです。つまり、マネー(金)を使わないで、モチベーションを高める工夫をすべきなのです。高橋教授は、モチベーションを高める一番の方法として、経営者が関わることを提案します。社長は、社員にとって特別な存在だからです。例えば、成果を出した社員を社長自ら、高級料亭に連れていって労をねぎらう、ホームパーティに夫婦一緒に招待する(しかも、奥さんのパーティ用ドレスの購入費用を社員に渡す)、研修に社長が登場して話す。こうした社長の行為は、社員の間で語り継がれる伝説となり、社員のやる気をかきたてます。銀行口座に振り込まれるだけの報奨金では、伝説は生まれないのです。
高橋教授は次のように言い切ります。
「仕事の面白さに目覚めた人間だけが、一所懸命に働く」
だからこそ、企業は、生活の不安のない賃金制度を維持することで、社員が自由闊達に、思い切り仕事ができる環境を用意し、また、金銭以外の報酬によって社員のモチベーションを高めるべきだという信念を持っているのです。それが、「日本型年功制」復活を説く理由なのです。
「虚妄の成果主義」の内容と同様、明快で歯切れの良い高橋教授のお話に魅了された90分でした。
<主要図書>
『虚妄の成果主義-日本型年功制復活のススメ』日経BP社、2004年
『日本企業の意思決定原理』東京大学出版会、1997年
『できる社員は「やり過ごす」』日経ビジネス人文庫、日本経済新聞社、2002年
<推薦サイト>
http://www.gbrc.jp (NPO法人グローバルビジネスリサーチセンター)
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