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2005年07月12日

組織文化のマネジメントについての研究ノート

高田朝子 高千穂大学経営学部助教授、慶應義塾大学大学院経営管理研究科 ビジネス・スクール非常勤講師

1.はじめに
MBA の学生がビジネススクールの教室で、「組織文化」を経営の巧拙の主要因としてあげ、その一言で回答とすることは一種のタブーとなっている。もしも不幸にして事情のわからない入学したばかりの学生が、討議している事例企業の経営失敗の原因を教授に問われて「それは組織文化が悪かったからです」と答えたならば、彼もしくは彼女は、「何故、組織文化が悪いと経営が失敗するのかね?組織文化が悪いとは具体的にどういうことかね?良し悪しは誰がどうやって決めるのかね?」と、教授から冷ややかな笑いとともに矢継ぎ早に説明を求められるだろう。「組織文化」という概念が非常に広範囲を示し、同時に曖昧性をも多く含んでいるために、失敗の原因を組織文化のみに求めるのは、分析的であることをモットーとするビジネススクールにおいては好ましい態度ではないとみなされているからである。


ところが、一歩ビジネススクールの外にでると、「組織文化」という言葉は非常に便利な言葉として様々な場面に使われる。そして、実際に「組織文化」によるものだという人間の変化を感じる場面に多くぶつかる。読者諸氏の中には大学を出て数年たった後の同窓会のことを覚えている方も多いだろう。学生時代同じように生活していた友人達が、数年たつとすっかり勤務先のカラーを身につけ変身してはいなかっただろうか。外見は勿論のこと、様々な場面で見せる意思決定のスタイルも、リスクを好むもの、好まないもの、議論を好むもの好まないもの、それぞれの勤務先を考えると納得する傾向が多く見られなかっただろうか。銀行の審査部にいるものと、ITベンチャーにいるものとでは、その外見は勿論のこと行動パターンや意志決定パターンが違う。一般的に前者はリスクをとることに対して慎重であり、後者は積極的であるだろう。そして、これらの友人達の変化(変身ともいうべきか)を称して「組織文化の違い」に帰結させて納得した経験を多くの人が持っているのではないだろうか。
経営の失敗原因においても、成功原因においても、組織文化という言葉を使って説明がなされると、多くの人々は何の抵抗なくその言葉を受け入れる。これは、先にもふれたように「組織文化」が示す事柄があまりに広範囲にわたり、そしてその内容に曖昧性が多く含まれること、そしてビジネスの現場で働く私たちが、体感的に組織の雰囲気や習性が経営に影響を与えることを知っていることに起因するからと考えられる。本章では、組織文化について様々な角度から考えていくことにする。
2.組織文化の定義と構造
組織文化という漠然としていて掴みどころがないものが、経営の成功や失敗を決める鍵となることは、ビジネスの現場にいる者は体験的に感じとっていた。例えば同じ業態、規模、業種の企業でも、ある企業は新規事業への挑戦に熱心で、社員も失敗を恐れない積極的な性質が多く見られる企業と、本業以外一切手を出さず、「公家体質」と呼ばれるぐらいにおっとりとした性質の社員で知られる企業があったとする。両者の違いやどうしてそうなったのかを理解する際に、組織文化の違いとして理解したほうが、数値を駆使して分析した結果よりも理解しやすい。
しかし、組織文化とは何なのかを具体的に定義しようとすると、組織文化が示す事柄があまりに漠然として、示す範囲も広大であるために、定量的に測定するのが難しく様々なアプローチがとられた。結論的にいうと、組織文化の定義は二つの視点からなされる。一つは、組織文化そのものが何であるかを定義することである。もう一つは組織文化の特性について定義することである。つまり、最初に組織文化の構成要素は何なのかを大枠で捉えて、次にその特性を規定することによって、組織文化という漠然とした事象を捉えようとしたのである。
[組織文化そのものについての定義]
組織文化そのものが何であるのかについては様々な研究者が様々な角度から討議している。例えば、ピーターズら(1982)は組織文化を「従業員達が持つ共通の価値観」としているし、デールら(1982)は「どのように行動すべきかをしめす非公式な決まりの体系」としている。又、シャイン(1989)は「ある特定のグループが外部への適応や内部統合の問題に対処する際に学習したグループ自身によって、作られ、発見され、又は発展させられた基本的仮定のパターン」と定義している。
加護野(1988)は「組織構成員によって共有された、価値、信念、規範のセット」であるとしているし、野中(1985)は組織文化を「社員の行動様式であり、仕事の進め方である」とし、高木(1995)は「組織自らが活動の仕方や規則の体系をつくりだしているもの」として捉えている。
多くの研究者は組織文化を従業員が共通して持つ何らかの「決まり」「価値観」もしくは「規則の体系」として捉えてきた。「私はわが社の社員としてこのように行動すべきだ」、「わが社の社員はこのような場面でこのような態度をとることを求められている」などの、全ての組織メンバーが、場面ごとに共通して描く「とるべき行動」や「行われるべき意思決定」の集合体が組織文化を形成していると考えてきた。
企業活動は、組織の構成メンバーが、それぞれの業務、仕事のやり方、とるべき行動などを形成し、実行することによって成り立っている。そして、組織には組織特有の「こうあるべきだ」という様々な「とるべき行動の規則」が存在し、それを参考にしてメンバーが意思決定を行うと考えてきたといえる。
行動の規則にはその基盤となる理想図がある。つまり、「自分達の組織はこうあるべきだ」という図式、即ち理想図があって、その実現のために、組織メンバーがとるべき行動の規則がセットになったものが組織文化である。本書では、組織文化を「メンバーが共通してもつ『自分達の組織はこうあるべきだ』を示す理想図と、それを実現するための行動の規則の集合体」と定義することにする。
[特性からみた組織文化]
組織の構成メンバーが共通してもつ「理想図とそれに伴う行動の規則の集合」として組織文化を考えると、それがどのような傾向にあるのかを捉えることで、その組織文化の特性を知ることが出来る。重要な点は、ある特定の行動の規則の中でもどの要素が他に比べて高く、どの要素が低いのかを知ることによって、その組織が取りやすい行動に対してのある程度の予測が可能になることである。組織メンバーがある環境のもとで何を重視して行動するのかをある程度予測することが出来ることである。何か新しいことを始めるときに、又、相手企業の態度を理解する際に、どのような組織文化をもつ企業であるのか判別することは非常に重要なことである。
組織文化の特性については、多くの研究者が様々な視点から研究を行っている。O’Reilly, Chatman & Caldwell(1991)は今までなされてきた組織文化の研究をレビューし、組織文化の本質を形成する七つの主要特性を以下の通り指摘している。
1)革新およびリスク志向性:従業員がリスクを恐れずに革新的に行動することが奨励されているか
2)綿密性:細部に対してどの程度の綿密さと分析力を期待するのか
3)結果志向性:結果に到達するプロセスや方法と、結果そのものではどちらをどの程度重視しているのか
4)従業員志向性:意思決定の場面で組織内の従業員への影響についてどの程度考慮されているのか
5)チーム志向性:組織内の職務活動がチームを中心としているか、それがどの程度組織化されているのか
6)積極性:従業員はどの程度積極的で競争的な態度を組織内で保っているのか
7)安定性:成長より現状維持を好む態度がどの程度組織で好まれるのか
O’Reilly, Chatmanらはこれらの特性は、それぞれレベルの高低があって、この7要因を分析することによって、その組織文化の全体像や特徴をみることが出来るとしている。組織文化という漠然としたものに対して、観察者の側が恣意的に視座を固定して現象を観察し、その視点からどうみえるのかを考えることで組織文化を定義しようとしたものである。
例えば同じ製造業でも、伝統的な装置産業型製造業とIT関連の製造業ではその組織文化特性に大きな違いがあると考えられる。おそらく、前者は安定性、綿密性が強く支持される組織文化を持つことに対して、後者は積極性やリスク志向性を強く指示される組織文化をもつといえる。
[組織文化の構造]
組織文化は寄せ集めの構造をしていると考えられている。組織文化は決して一つの企業に一つの組織文化だけが存在するのではなく、組織内に様々なサブカルチャー(下位文化)が存在し、それらが並立していると考えられている。
同じ企業であっても、それぞれの部門独自のサブカルチャーが存在する。組織のどの部署で測っても先にあげた7要因が均等に存在するのではなくて、ある部署ではリスク志向が高く、ある部署では結果志向性が極端に低いというような不ぞろいな結果が出ることがありえる。サブカルチャーは、組織内の複数の人間が共通して持つ問題や、経験した状況によって形成される傾向がある。そして、部門であるとか、部署であるとか、組織内のあるグループ毎に発生し並存している。
読者諸氏の会社を思い出してほしい。同じ会社でも経理部の社員と営業部の社員はまるで違う行動の規則を持っていないだろうか。経理部の人間は、経費においてもきちんと収支があうことを当然と考えているのに対して、営業部の人間は「どんぶり勘定」で金額が多少合わなくても可とする傾向が無かっただろうか。前者の行動の規則は「収支をあわせること」であるのに対し、後者の行動の規則は「お金を稼ぐこと」でありそのために多少の経費の曖昧さを可としている。経理部の人間が営業部に行くと、雑然として就業規則を無視して営業活動をする営業部の人間をだらしないと思い、逆に営業部の人間は経理部は細かすぎると感じる。同じ企業の中でもこのようなサブカルチャーの違いはいたるところに見ることができる。
組織文化は均質的ではなく、様々な性質の寄せ集め的な構造をしている為に、組織の中でそれぞれ異なるサブカルチャーや、場合によっては組織文化と相対する性質のカウンターカルチャーが共存することが可能なのである。同じ理想図を共有したとしても、その解釈の仕方が各部署や部門によって違うため、バラエティに富んだ行動の規則、バラエティに富んだサブカルチャーが発生する。むしろ様々なサブカルチャーやカウンターカルチャーを含有し、これらが並存していることが組織としての強みに繋がる可能性も高い。
組織文化はサブカルチャーやカウンターカルチャーを並存させながら、不均等に何層にも重なり合い、その上で、一つの組織としての組織文化の基盤とも言うべきものが存在し、維持され、共有化されているのと考えられる。

全文はこちらから(PDF,140KB)ダウンロードしてご覧ください。組織マネジメントについてより理解を深めたい方は、『組織マネジメント戦略』(慶應義塾大学ビジネス・スクール編、高木晴夫監修)をお読みください。第10章 高田朝子執筆は本論文をベースにしています。

高田朝子
高千穂大学経営学部助教授、慶應義塾大学大学院経営管理研究科 ビジネス・スクール非常勤講師
慶應MCCプログラム『ネットワーク時代の組織とリーダーシップ』講師
モルガン・スタンレー証券会社勤務をへて、サンダーバード国際経営大学院国際経営学修士(MIM)、慶應義塾大学大学院経営管理研究科経営学修士(MBA)、同博士課程修了。経営学博士。専門は危機管理、組織行動。
著書に『危機対応のエフィカシー・マネジメント -「チーム効力感」がカギを握る-』、『組織マネジメント戦略 (ビジネススクール・テキスト)』(共著)、『ケース・メソッド入門』(石田英夫編さん)がある。

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