今月の1冊
2016年06月14日
『なぜ、一流の経営者は即興コメディを学ぶのか?』
「Yes, and -そうだね!さらにはね…」
こちらからの投げかけを受け入れ、そこにさらなるアイデア、提案を出してくれる人との会話は素直に楽しい。もちろん時と場合にはよるにせよ、NoやYes, butといった「いやいや、そうじゃなくてね…」と頭ごなしに言われるより、アイデアが何倍にも膨らみ、より良い何かを共に生み出せる気がします。
『Yes, and』
本書の原題であり、2015年全米ベストセラーになった1冊です。
著者は シカゴを拠点すとる即興コメディ劇団 セカンド・シティの創設者であり演者である2人。セカンド・シティは50年以上の歴史を持ち、常設の劇場でショーを開催しインプロビゼーション(即興)のメッカとして全米でも有名です。セカンド・シティは劇団として演者を束ねる他、そのトレーニングシステムも注目されており、俳優、コメディアン、スポーツ選手だけでなく、数多くの著名な経営者やビジネスパーソンもここで学んでいます。
Yes, and はインプロビゼーションをするうえで、基本姿勢とも言うべき大切な要素と言われます。
そもそも、インプロビゼーションとは、脚本のない、筋書きのないコメディ演劇のこと。演者は舞台に上がったら最後、誰かが発する一言、何かの動きに敏感に反応し、次へとつなげストーリーが生まれます。そこでは、とっさに反応するからこその面白さや、その人らしいありのままのユニークな姿が表れ、観客は笑いの渦に包まれます。
脚本がないからと言って、インプロバイザー(即興劇の演者)達は、何も稽古せずに舞台に立つわけではありません。舞台に上がり、観客の前で動揺することなく、いかに即興で動き話すことができるか、日々トレーニングを積んでいるのです。このインプロビゼーションにおける考え方、要素が現代のビジネス、仕事にもつながるとして、インプロビゼーショントレーニングがアメリカの名だたる企業をはじめ、日本でも少しずつビジネスパーソンの研修としても活用されています。
なぜ、インプロビゼーションの考え方がビジネスに有効とされるのでしょうか。
- よりスピーディにアイデアを思いつく
- 活発なコミュニケーションをやりとりする
- 困難を乗り越えることのできるチームワークをつくる
- 社員や顧客と開かれた対話ができる
- 組織間の壁や閉鎖的な関係をなくす
- 何もないところから新たなものを創造する
これらは、多くの企業や組織、そしてそこで働く私たちが、変化と革新を求められるビジネス環境のなかで、日々求められ、もがいている課題でしょう。
過去から現在に至るまで、私たちはさまざまな理論や手法を用いて、それら課題を乗り越えより良いものを創ろうとしています。ビジネススクールをはじめとするビジネスパーソンに向けた教育機関では経験知に基づき、未来を予測しながら、現在ある課題を解決し、新たなビジネスを創ることに邁進しています。
しかし、いま起こっている複雑な課題、さらには想定外の事が起こる時代において、当然のことながら未来は予測不可能です。私たちは、経験知では解決できないこと、新たなものを創りだすことはできないことを少なからず感じ、将来への不安さえ抱いています。なんとかなるとは思いつつも、見えないもの、知らないことが来ることの怖さ、それに対し何か準備できないのかと思う懸念。いまを生き、働く私たちは見えない何かと戦っているような漠然とした“不安”を多くの人が抱えているように思います。
見えないもの、想定外のものに向き合い、何もないところから何かを創造するプロセスにおいて、インプロビゼーションの考え方や要素は、私たちの背中を大きく後押しし、次の一歩へと進める力になってくれると言うのです。
インプロビゼーションの要素とは先にあげた「Yes, and」を加え7つあり、本書ではこの項目に従って詳しく説明されています。
- Yes, and
相手のアイデアを肯定したうえで、新しいアイデアを加えていく。インプロビゼーションにおける絶対的な基礎となる考え方。 - アンサンブル
メンバー全員が1つとなって機能すること。常に全体のなかの一員であることを意識することで生まれる。 - 共創
モノローグ(独白)よりもダイアローグ(対話)のほうがストーリーは発展する。メンバー同士、顧客との対話から新たなものを生み出していく。 - 真実性
権威に物申す、一般通念に異議を唱える、習慣となっているものを疑う…等、臭いものに蓋をすることなく現状を明らかにし、時に不遜でありながらも尊敬の念を持ち指摘していく。 - 失敗
創造の最大の脅威は失敗への恐れ。しかし、失敗なしには新たなものは生まれない。コメディでは失敗は当然であり、失敗を次の笑いへと変えていく。 - フォロー・ザ・フォロワー
それぞれの専門知識を如何なく発揮しリーダーシップをとり、時にリーダーとして、時にフォロワーとして集団の中の立場を認識しながら、階層を固定することなく必要に応じて変化させていく。 - 話を聞くこと
自分の意見を挟むチャンスを狙いながらではなく、いま何が起こっているのか、他者がどう感じ考えたのか、現在という時に自分を留め耳を傾ける。「聞く」ことは筋肉とまで言われるほど、コミュニケーションの質を上げるうえで重要であり鍛えることが可能。
インプロビゼーションのトレーニングのひとつに「1語の物語」という演習があります。
6~10人の参加者が円になり、全員で何か1つのストーリーを展開していくのです。ただし、参加者が口にして良いのは1人1語のみ。前の人が発する言葉によく耳を傾け、次につなげていきます。どんなにたくさんのアイデアを持っている人でも、逆に何のアイデアもなく無力だと感じている人でも、話すことができるのは1人1語だけ。自分のアイデアに固執していては、アイデア自身が持つ可能性、他者の貢献に気づくことはできません。
私もこの演習を体験したことがありますが、数分も経つと、ストーリーは紆余曲折の展開となり、1人のアイデアでは思いもよらなかったユニークなストーリーが生まれます。多くの場合、お互いに笑いが起こるほど、楽しい演習です。
この演習は、どんな人であってもグループにおいて重要な貢献を続けるためには、誰もが全体の物語をつくる一員であり、常に主役あるいは脇役であり続けることはなく、その双方を担うこと。誰のどの貢献であっても、ストーリーを成すためには重要な役割を担っている一人であることを教えてくれます。
これは、リーダーのポジションに立つ人にとって、自分の組織に向けて頻繁に発しなければならないメッセージに他なりません。
「大聖堂を運ぼうとするのではなく、小さなレンガを運べ」
セカンド・シティでは、新人俳優に向けて、まずこの格言からトレーニングがスタートするそうです。最初から“大聖堂”をまるごと持ち込むのではなく、1つの“レンガ”から運んでいく。大聖堂を築くには、たった1人の人間がどんなに頑張ってもそれを創るのは難しく、1人1人が1つずつレンガを積み重ねることによって、大きな聖堂を築くことができるのです。
何かを創造するとき、変革を興すとき、メンバー全員が自分のできる最高の貢献をすることで革新的なアイデアが生まれストーリーができあがります。1人がすべての結果を支配しようとするのをやめたとき、誰ひとりその状況から離れたり傍観することがなくなったとき、思いもよらなかった新しい事がなせるのでしょう。
これは、ビジネスのみならず、生活のさまざまな場面で私たちに大きな成果をもたらすはずです。インプロビゼーションは、私たちが働くことにおいて、ひいては生きることにおいて数多くの大切なことを最高に楽しく学べる方法なのです。
(保谷範子)
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