今月の1冊
2016年12月13日
拝啓ルノワール先生-梅原龍三郎に息づく師の教え
『パリスの審判』は、トロイ戦争のきっかけとなった、三人の女神の美のコンテストです。画家たちはこの題材を好み、たびたび描いてきました。古代ギリシヤ神話の歴史的面であるから、もありますがそれよりも、三美神、三人の裸体の女性が、角度やポーズを変えて描ける魅力にありました。
ルノワールと梅原龍三郎。印象派の巨匠と日本近代絵画の巨匠。この2人の代表作でもある『パリスの審判』に、いま、同時に出会うことができます。
拝啓ルノワール先生―梅原龍三郎に息づく師の教え|三菱一号館美術館
http://mimt.jp/renoirumehara/
梅原龍三郎は、“日本の洋画を確立した”として評価される、日本近代絵画を代表する画家です。フランスに渡って油彩画を学び、日本の伝統美術もとりいれながら、独自の画風で作品を描きました。その梅原が、作品から、対話から、その人から、多くを学んだのが師、ルノワールでした。
梅原はルノワールを師と仰ぎ、その制作現場を見、師との対話から多くを学び、親密な関係を築きました。
と展覧会の紹介文にあるとおり、ルノワールと梅原の師弟関係に視点をあて、作品と合わせて2人の言葉のやりとりや心の通い合いを紹介しているところに今回の展覧会の特徴があります。
師弟関係というとシンプルに響き、芸術や技術などの分野では師匠から弟子への伝承は当たり前と思われますが、ルノワールと梅原の師弟関係は時代や関係をふまえると特別にすごいことでした。
梅原は1908(明治41)年、20歳のとき、油彩画を学ぶためにフランスに渡ります。その船の中で、初めて、ルノワールの作品を見、ルノワールのことを知ったのだそうです。梅原は、どんなことを感じたのでしょう。どれほどの衝撃でしたでしょう。ルノワールに学びたい、弟子入りしたいと志を定めます。
当時すでに“巨匠”であったルノワールに、まったくの無名の、日本人の若者が“会えた”だけでもすごいことでした。評価、立場、また50歳に近い年齢の差がありながらも、ルノワールは梅原の熱意やセンスを認め、彼の“師”となります。
2人の作品や物語は、展覧会で皆さんそれぞれのペースや興味でお楽しみいただければと思うですが、ぜひ、梅原のアトリエ再現コーナーは見逃さずにご覧ください。
梅原は、ルノワールの色彩を真似、学びました。パレットの配色も、そのままに真似したそうで、そのパレットも展示されています。一方で、ルノワールは、梅原の色彩センスを褒めた、といいます。同館学芸員の江藤さんから、この話を伺って面白いなと思いました。師の色彩を真似ているのに、師には独自の感性が見えていた。真似ているからこそ、きらきらしたものが見えたのかもしれない、と私は思いました。そしてこれを知ってから改めて梅原作品を見ると、色彩がさらにいきいきと感じられました。
ところで、題材の『パリスの審判』についてもすこし触れたいと思います。
ルノワールの『パリスの審判』。
繊細なタッチ、パステル色の肌、たっぷりとした裸体。ひと目で、ルノワールの作品とわかる方も多いのではないでしょうか。ルノワールは、ルーベンスが描いた同タイトルの作品を見、構図を真似て描いたといいます。さいしょの作品を手放したのち晩年にも描いており、それほどにバロック期フランドルの巨匠ルーベンスの作品から得た印象や思いが強かったのでしょう。
そして梅原は、ルノワールの『パリスの審判』を見て、それを写し、描いた、とされます。
「自由闊達な模写」と解説にありますが、 “模写”の域ではないのではないか、と思わずつっこみたくなります。構図や三美身のポーズは同じですが筆づかい、色づかい、表現しようとしたもの、梅原独自のものであることを感じます。
90歳のときの作品です。梅原はどんな思いで描いたのでしょうか。きっと師を思い出しながら、師に心のなかで語りかけながら、描いたことでしょう。
ルノワールはルーベンスの、梅原はルノワールの、『パリスの審判』に刺激を受け、憧れ、影響を受けながら独自に描きました。模写であって模写ではない。それが師の教えをほんとうに自身に生かしたこと、なのではないでしょうか。
ルノワールと梅原龍三郎。2人の巨匠の作品を、師と弟子の対話を、皆さんもこの機会にご覧になってみてはいかがでしょうか。会期2017年1月9日(月祝)まで。
拝啓ルノワール先生―梅原龍三郎に息づく師の教え|三菱一号館美術館
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(湯川 真理)
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