今月の1冊
2006年12月12日
『問題がモンダイなのだ』
著者:山本貴光/吉川浩満
出版社:筑摩書房(ちくまプリマー新書); 発行年月:2006年12月; ISBN:4480687521; 本体価格:680円(税込価格714円)
書籍詳細
本書は、タイトルの通り、「問題」をテーマにした書である。つまり、「問題とはなにか」という“問題”について考えてみよう、という本である。
とはいえ、著者も述べているように、特定の問題に対する直接的な解決策や処方箋を示しているものではない。そもそも問題とはいったい何なのか、そして、私たちが何らかの問題に直面したときに、その問題にどう取り組むのか、という、問題との付き合い方について、その考え方を示している書である。
著者は、哲学、科学、芸術を中心とした作品や作家に関する情報や書評、エッセイなどを掲載しているWebサイト「哲学の劇場」の主宰者であり、脳科学を哲学や思想からとらえ、脳をめぐるさまざまな研究をどのように読み解いたらいいのか、そして私たちにとってどのような意義をもつのか、心と脳の問題をわかりやすく解説した『心脳問題―「脳の世紀」を生き抜く』の著者のふたりである。
私たちは日常、ほんのささいな問題から人生や生命を脅かす大きな問題まで、さまざまな問題に遭遇する。それは、仕事のことであったり、恋愛のことであったり、身体のことであったり、人生のことであったり、実に多種多様でとめどなく現れ尽きることがない。自分の意志だけではどうにもならない事、思いのままにならないことがこの世の中にはずいぶん多くある。そして、悩んだり苦しんだり、時には楽しんだりしながら、いろいろな方法でそれらの問題に対処している。
では、私たちの心や感情をこれほどまでに揺さぶる「問題」とは、いったい何なのであろうか?そう改めて問われると、わかるようでわからない、深く考えさせられるとても難しいテーマであることに気づく。
本書では、まず、身近でわかりやすい具体的な例を挙げながら、
- 問題は向こうからやってくる
- 問題は人に不確定な状態を生じさせ、なんらかの対応を迫る
という、「問題」の性質を挙げる。
そしてそれに続き、そういう性質をもつ「問題」に遭遇したときに、どのような取り組み方があるのか、さらに、よりクリエイティブな「問題のつくりかえ」について、展開していく。
問題に遭遇したとき、私たちはそれを解決する方向に対処する。著者たちは、問題解決とは、「問題」を「無問題」にすること、または「問題」が「無問題」になること、と定義をしている。そして、問題を解決する方法は、「解答」によるものと「解消」によるものの二種類しかない、という。「解答」とは、問題の構造や条件にしたがいながら無問題の状態に変化させることであり、「解消」とは、意図せず状況が変化することも含めて、問題を成り立たせている前提や条件自体を変化させてしまうこと、である。
実際の問題はそんな単純なことではないのではないかと思ってしまうのは、目の前の問題が、解答によって解決できる問題なのか、解消によって無問題になるものなのか、見極めることが難しいからなのであろう。さらに問題が輻輳し重なり合ったり、問題へのかかわり方や立場によって、その受け止め方がかわってくるからである。なるほど、確かにこれまでの問題に対する自分の態度を振り返ると、問題そのものを受け止め直接的な解によって問題をなくすか、その問題自体をどこかに押しやって目の前からなくす、という方法をとっていることに気づく。
ここでより考えを深めていかなければいけないのは、「解消」である。問題の解消とは、条件を変化させることによって目の前にある問題をなくすことである。だが、それは、必ずしも問題がまったくなくなることではない。その問題を生じさせた前提の問題が表れたり、それに変わる新たな問題がつくられたりするからである。つまり、問題の条件を変える「解消」は、解決の先送りであり、新たな問題の出発点となる。これを本書では、問題のつくりかえと読んでいる。
目の前にある解きがたい問題の条件を変えて解消するときには、その前提の問題の本質をとらえ、解ける問題につくりかえることが必要である。それには、暗黙のうちにあたりまえと思っていることや思い込み、常識を疑って、物の見方をかえることで問題をつくりかえることが有効だという。問題をつくりかえるという問題へのかかわり方、そう、それは、「問題の発見」であり、クリエイティブ発想なのである。
目の前の問題から逃げ出したり、あきらめたりしても、結局は問題がまったくなくなるわけではない。違う切り口から眺めてみたり、あたりまえと思い込んでいることを疑ってみたり、無意識につくっている問題の範囲を広げてみたり、漠然とした内容をより具体的に考えてみたり、意識や思考を柔軟にしてみることが、問題とのよりよい付き合い方なのである。頭ではわかるし、納得もするが、実際に問題に対面したときに、どれだけクリエイティブな発想ができるか、まだまだ自信がない。日々の問題への対処の中で、「問題」とのうまい付き合い方を模索してみたいと思う。
本書は、わかりやすい柔らかい文体で、身近なできごとを例に挙げながら、「問題」を考える入り口に立たせてくれる書である。問題解決の即効薬を求めて本書を読んでも何もでてこないが、漢方薬として読んでみるといろいろな気づきがあると思う。もっともっと「問題」について考えてみたい、そう思える一冊であった。
(井草真喜子)
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