KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

ピックアップレポート

2007年02月13日

教養研究センター設置授業 ―新たな知の創出の実験

横山千晶 慶應義塾大学法学部教授、教養研究センター所長

1.はじめに
慶應義塾大学教養研究センターは、2002年7月に社会や時代の変化に対応できる教養と教養教育の総合的なモデルを模索し、創出することを目的として設立されました。教養研究センターの研究成果は、実際の教育と知識の伝達の場で生かされてこそ意味のあるものです。つまりセンターは、理論構築と実践を両輪で進めつつ、理論の実効性を試すワークショップの場でもあるのです。


そのひとつの例が実験授業の実施です。理論を実践を通して見直し、教育の現場に還元する。それは新たな知の創出のたどるべきプロセスです。いままで「実験授業」として始まったものの中には、その成果が認められて各学部で正規授業に採用されたものもあれば、現在まさに授業化を目指して実験の真っ最中のものもあります。以下では、それらの授業のこれからの展望をご紹介します。
2.アカデミック・スキルズ

(1)アカデミック・スキルズとは生きていく上の基本を見据えること

人は学んだことを自分自身で考え、そこに自分の思考や思想を加えて膨らませ、次世代に伝えていく義務、そして欲望があります。その意味で「アカデミック・スキルズ」とはまさに「学び」の基本的な術といえるでしょう。つまり現代に生きる私たちが想像力を働かせ、アイディアを創造し、それを他者の意見と融合させたりぶつけ合わせたりする過程でさらに新たなものを作り出し、その成果を効果的にほかの人々に伝え、場合によってはその有効性を説得する技術こそが、「アカデミック・スキルズ」といえるでしょう。これらは私たちが社会で生きていく上で最も重要なスキルともいえます。
具体的な講座の内容は、クリティカルに読み解く、クリティカルに考える、グループでディスカッションする、問題を見つけ出すという作業を経て、自分たちが見出した問題とその解決法を論文とプレゼンテーションという方法によって発表することです。

(2)学生と教員の「学びの場」と「協力の場」としての「アカデミック・スキルズ」

このクラスの特筆すべき特徴は、ひとつのクラスが20名以下という少人数であり、さまざまな学部や学年の学生からクラスが編成され、2名もしくは3 名の複数の教員で担当していることです。教員はそれぞれ異なった学部や研究所に所属しており、学生も教員も学部や分野を超えた構成になっています。
これにはいくつかの意図があります。まずこのクラスは教員と学生が効果的な学習法を共に模索していく場である、ということです。同じクラスを担当する教員の教え方にもそれぞれ差があります。また同じテーマに対するアプローチの仕方も見方も、学生と同じく教員にとっても違います。そこで、教員はクラスの前後に話し合いを重ねることで、お互いの教え方を学びあい、よりよい教育法を見つけ出していく基盤としています。
もちろん、教室の中は常に教員にとっての学びの場です。学生の選んだテーマや問題提起をめぐって教員の意見が合わないときもあります。学生の発表に対して教員同士が異なった反応を示す場合もあるでしょう。クラスの中で、学生だけでなく、教員同士が意見を戦わせることもこの授業の醍醐味です。教員同士の熱いディスカッションを生で見ることを通して(決して「やらせ」ではありません。)学生は問いに対する解答はひとつではないのだ、しかも解答にいたる道は複数あるのだと実感するのです。もちろん複数の教員が少人数の学生を相手にするのですから、それだけきめ細かな指導ができることはいうまでもありません。教員は徐々に入れ替わることで、この場の体験を自らの授業に生かすことができます。さらに、現在多くの学部で開講されている少人数セミナーにも、「アカデミック・スキルズ」で培われたノウ・ハウが活用されることが期待されます。
また、「アカデミック・スキルズ」は学部の協力のみならず、メディアセンターの協力を得ています。2006年度も、開講している3つの「アカデミック・スキルズ」において、メディアセンターのスタッフによる情報検索の特別講義が2回にわたって行われました。これからの課題は、刻々と進化する情報提供の現場を学生に体アカデミック・スキルズ感させ、体得させるのみならず、教員にも情報検索法を教えるスキルを身につけてもらうことです。2007年度はメディアセンターと連携して、教員のための情報リテラシー教育法のワークショップを実施したいと考えています。

(3)新しい「アカデミック・スキルズ」を目指して

「アカデミック・スキルズ」が実験授業「スタディ・スキルズ」として開講されたのは、2003年秋学期のことです。当初、学術フロンティア推進事業の実験授業として位置づけられ、2004年度からは極東証券寄附講座のひとつとして開講されています。その結果複数の学部で正規授業が認められ、2005 年度に「アカデミック・スキルズ」と改称しました。2006年度は3クラスの「アカデミック・スキルズⅠ・Ⅱ」(前期は入門編、後期は応用編)が開講され、計8名の教員が担当し、54名の学生が受講しています。
5年目を迎える「アカデミック・スキルズ」は今までの成果を土台にして、2007年度に新たな進化を遂げようとしています。今までの「アカデミック・スキルズ」の進化形として、2007年度から新たに付け加わる授業は、「テーマを究める」「講義を究める」授業です。それまでの「アカデミック・スキルズ」では問題を見つけ出す過程が重視されてきました。新しい「アカデミック・スキルズ」は次のステップに焦点を当てます。授業ではすでに問題は与えられています。学生はその与えられた問題を資料の検討やさらに踏みこんだ議論を通して徹底的に検証し、先人たちの意見や検証を照らし合わせた上で、自分たちがどのような新たな光をその問題に当てることができるのかにチャレンジするのです。新たなふたつの授業は、徹底的に資料を使いこなし、解釈し、意見をぶつけ合う創造の場となることでしょう。
慶應義塾はメディアセンターを中心に、さまざまな知の宝庫を抱えています。学生の多くは在籍中にそれらの宝庫のごく一部に触れるだけで学び舎をあとにします。その慶應義塾の知の宝庫を早いうちに実際にその目で見て、触れて、過去から受け継がれてきた知の遺産として経験すると同時に、アカデミックな場で使いこなすことも講座の目標です。つまり「アカデミック・スキルズ」は、慶應義塾に入学した学生が、慶應義塾という楽しくも複雑なラビリンスの中で経験する知の冒険を助けるコンパスの役割を果たしていくのです。いずれの授業も引き続き少人数・複数教員担当で行われます。

(4)学んだ成果を応用し、発信する―日韓学生ウェブ会議

「アカデミック・スキルズ」では、後期の授業の終了後に毎年プレゼンテーション・コンペティションを開催しています。これは2月の初旬、現在開講中の3クラスから優れた個人プレゼンテーションを選び出し、代表者によるプレゼンテーション・コンペティションを行うものです。コンペは公開で行われるので、学生は、ここではじめて学んだ成果を教室の外に向かって発信することになりますが、それ以外にも1、2年生のうちから身につけた知の技法を応用できる機会を提供することは重要だと考えています。
2005年度は9月に「スタディ・スキルズ」履修者と「アカデミック・スキルズ」を学んでいる学生たちがグループを組み、ソウル国立大学校のCenter for Teaching and Learning(CTL)の学生たちとの間でウェブ会議を開催しました。テーマは「よりよい大学教育を目指して」です。これはただのウェブ・ディスカッションではなく、各自が英語によるプレゼンテーションを行った後に、活発な質疑応答と意見交換が行われました。今回のウェブ会議は両国の学生たちが企画し、準備するというもので、スクリーンを通してはじめて出会った学生たちの感慨もひとしおでした。2006年10月にはソウル国立大学校のCTLの訪問を受け、2007年度のウェブ会議の開催についての話し合いがもたれました。次回のテーマは「大衆文化」です。現在「アカデミック・スキルズ」を履修している学生と来年度履修する学生たちを中心に、日本チームが形成される予定です。
3.基盤研究「身体知プロジェクト」実験授業―「体をひらく、心をひらく」

(1) 自分と向き合うことの重要性と「身体知」の意味

大学での教育は主に言語を使った座学が中心と考えられがちです。しかし知の継承はかならずしも言語を通して行われるだけではありません。経験することで言語化されたものも、より深く個人の中に根ざしていくでしょうし、フィールド・ワークや体育・芸術活動など、「経験」と「訓練」こそが学びの中心となるものもあります。そこでは自主性と意思決定が鍵となりますが、フィールドに出てはじめて学生は「自分の体と心」に向き合うこととなるのでしょう。
また昨今「身体知」という言葉が横行していますが、体と心は本来分離して考えられるものではありません。その双方向から自分を見つめることで、考え行動する主体となる自分を知ることも今の時代に忘れられがちな側面です。特にバーチャルな世界観が日常生活の一部となり、ますます血の通った身体の存在が希薄になっていく今日、さまざまなメディアを使って知を継承できる方法が開発されていく一方で、あえて言語によらない表現と意思伝達法を通じて、コミュニケーションの土台を見直すことも教育の場でこそ行われるべきことでしょう。

(2)基盤研究「身体知プロジェクト」と実験授業「体をひらく、心をひらく」

その新たな教育を見直す場として教養研究センターは活動を展開しています。現在、教養研究センターで展開されている研究のひとつが「基盤研究」です。
この「基盤研究」ではふたつの研究が進行中です。ひとつは「慶應義塾大学の教育カリキュラム研究」であり、もうひとつが「身体知プロジェクト」です。
2005年5月に発足した「身体知プロジェクト」は、「身体」を切り口にした教育現場の調査と理念研究を行うと同時に、身体知教育の意義の発見と新しい理念の発信を目的として活動を続けてきました。発足当時から開催されてきた月例会には教員のみならず、職員もメンバーとして加わっています。今までの月例研究会では、メンバーそれぞれが展開する身体知教育の実態とその目的や問題点を報告し、議論を展開すると同時に、実践的なワークショップにメンバー自らが参加しつつ、慶應義塾独自の教育コンテンツを模索してきました。
これからのプロジェクトの目標は、既存の理論を見直すだけでなく、新たな理論構築と実践を平行して行い、そこから慶應義塾のカリキュラムにおける身体知教育のあり方を考えることです。理論構築と実践からなるこの2本柱をつなぐ試みとして、教養研究センターが2006年の秋から開講しているのが、実験授業「体をひらく、心をひらく―新しい実験授業へようこそ」です。

(3)ユニークな授業形態

「体をひらく、心をひらく」では、知的、理性的な知を補完するものとしての、身体やイメージを体感するワークショップを中心として、授業が展開されています。授業では、専門家を講師に迎え、呼吸法(メディテーション)、コラージュや連歌の作成、ダンスを通して、我々に本来備わっているはずの身体感覚を呼び覚ますプロセスを重視していきます。自分を客観視し、自己の身体に向き合うことで、新たな自分・他者・世界と出会うことは、まさに自分と自らをとりまく環境の、新しい知見を得ることにもつながるでしょう。
実験授業を受講する「学生」は学部生だけではありません。参加している教員・職員も「学生」です。教職員も授業を受けながら、自分と向き合う、つまり学ぶ側の気持ちに立っているわけです。今回の参加者は、計20名、顔ぶれは学部生、通信教育学部生、一貫教育校も含めた塾教職員、外部の小・中学校の教員、出版関係者などまさに多彩です。また、このようなグループワークの専門家をオブザーバーに迎え、それぞれの授業と起こり得る問題点を記録し、参加者の反応を「振り返る」ことで、教育の場での意義を見据えていくことも実験の一環です。

(4)体験したことを再び言語化するというプロセス

実験授業では、ワークショップの後に参加者が自らの経験とその際沸き起こった思いを振り返り、他者に伝えることで経験の言語化を行います。また、実験授業の講師を迎えた月例研究会を同時に開催することで、授業の土台となる理論や先行研究についても検討し、議論することで、実験授業で見えてきたことを理論と付き合わせます。この研究会も既存のプロジェクトメンバーである。教職員のみならず広く学生も参加できる場としていく予定です。実験授業も研究会も体験したことを再び言語で説明するというスパイラルを描く、知の構築プロセスとなっているのです。
実験授業は2007年1月まで開催されますが、授業を通して見えてきたことが次の「身体知プロジェクト」の研究テーマとなります。
その成果を2008年には慶應義塾発の新しい「知」の誕生につなげていくことがプロジェクトのゴールです。
4.終わりに
以上、現在教養研究センターで展開されているふたつの試みについてご紹介しました。これ以外にも、さまざまな研究と実践の活動がセンターで進行中です。すべての活動の内容はセンターのホームページで紹介されています。多くの方にこれらの活動に参加し、新たな知の創出に加わっていただくことこそが、センターの最終目標です。ぜひ、ホームページを訪れてください。
http://www.hc.keio.ac.jp/lib-arts

『OPEN』(慶應義塾発行)2006年12月号より転載

横山千晶(よこやま ちあき)
慶應義塾大学法学部教授、教養研究センター所長
1984年慶應義塾大学文学部英米文学科卒業、89年同大学院文学研究科博士課程修了、95年ランカスター大学修士課程英文学19世紀イギリス研究修了。97年慶應義塾大学法学部助教授、2002年教授。2004年より、教養研究センター所長。専門は19世紀イギリス文学および文化。

メルマガ
登録

メルマガ
登録