今月の1冊
2017年10月10日
『働く君に贈る25の言葉』
わたしにとって「働く」とは一体なんだろう。
人生の節目においてこんな風に考えるタイミングが、誰にでもあるのではないでしょうか?
私はこれまでに2度、このことを真剣に考えた時期がありました。最初は就職活動をはじめた大学生の時。2度目は転職を考えはじめた頃のことです。
こうした少し抽象度の高いテーマを考えるのは、とても難しいことです。
“生きるために食べるべきであり、食べるために生きてはならない“とは、かのソクラテスの名言として有名ですが、この言葉を当てはめるならば「ただ食べるためだけに働くのは良いことではなく、意味を持って働くことが大切だ」と解釈することができます。なるほど、確かに自分なりの意味を持って仕事に取り組むのは大切なことだと思います。
反対に、目的も意味も感じない作業の繰り返しは、ちょっとした拷問に相当するのではないでしょうか。新入社員の頃、コピー機の機能を使わず、毎週手作業で数百部に及ぶ会議資料にホチキス止めをしていた時のことは思い出したくもありません。
しかし、「その方が暖かみを感じるから」というこだわりを持つ上司にとっては意味のある作業だったのでしょう。私がインフルエンザで休んでいた時などは、課長クラスの地位にあるにも関わらず、嬉々としてホチキス止めを行っていたそうです。
仕事に限らず、何かひとつのことを前向きに続けられるかどうかは、自分の中できちんと意味づけができているかどうかにかかっているように思います。
冒頭の問いかけ、わたしにとって「働く」とは一体なんだろう。
その答えは人の数だけ様々なものがあるはずですし、多くの方が意味を見出していらっしゃることと思います。
しかしながら、日々を忙しく過ごすうちに「働く意味」を見失ってしまう事もあります。すると、上記の単純作業よろしく途端に働くことそのものが苦しくなってしまうのです。
以前私がそんな風に苦しんでいる時に出会ったのが、『働く君に贈る25の言葉』でした。
著者の佐々木常夫さんは東京大学を卒業し、東レ株式会社に入社。2000年代のはじめには同期トップで取締役に就任し、その後東レ経営研究所の社長を勤めあげた、いわゆるエリートサラリーマンです。
同時に、自閉症の長男を含む3人の子供を育て、肝臓病とうつ病を患い43回に及ぶ入退院と自殺未遂を繰り返した妻の闘病生活を支えるなど数々の困難を乗り越え、仕事と家庭の両立を成し遂げた方でもあります。
本書は、佐々木さんがこれまでの人生で培ってこられた「幸せに働き、生きる」ためのエッセンスを、社会人になったばかりの甥に手紙で伝えるという体裁が取られています。
私がこの本をはじめて手に取ったのは、今から約4年前。ちょうど転職活動をはじめた頃でした。自分のこれまでの仕事ぶりを省みると共に、その後の仕事に対する姿勢において、佐々木さんのアドバイスを大いに意識したものでした。
今回、再びこの本を読もうと思ったのはこのところライフイベントが目白押しであったことが大きく関わっています。
とりわけ今年は子供の誕生・家族の他界と、これからの生き方を考えさせられるような大きな出来事が続きました。だからこそ、自分の人生の転機に影響を及ぼしたこの本を読み返してみたくなったのです。
あらためて目を通してみると、本に書かれている25個のアドバイスの中で当時あまりピンとこなかったものがとても響き、この数年間での自身の変化も感じることができました。
例えば「本物の重量感を知りなさい」というアドバイス。
要約すると、“趣味も深めて行くと、「本物」と「偽物」の違いがわかってくる。この本物の「重量感」とでもいうべき感覚を掴んでいるかどうかは、仕事にも大いに関係がある。”ということですが、昔は理屈はなんとなくわかるものの、あまりにも感覚的で印象に残らなかったアドバイスのひとつでした。
あれから4年、たくさんの「本物」に触れた今、このアドバイスの大切さが実感を伴って理解できます。
昨年、私は学生時代に行っていた陸上競技を趣味として再開させました。練習先で出会ったある方は、30歳半ばで独立起業し、経営を軌道に乗せると同時に十数年ぶりに競技を再開させ、わずか3年でマスターズのアジアチャンピオンにまで上り詰めた人でした。
彼の行動や考え方に触れるうち、私は自分の中に無意識に形成されていた「専念」をよしとする価値観に気がつきました。
「その道で成功したければ、それに専念しなければならない」という固定観念があったのですが、仕事に趣味に全力投球し、双方に好影響を与えあっている彼の姿を見て、私のこの価値観が、根拠のない思い込みによるものであると見直すことができたのです。
そして、今回本書を読み直したことで、この「本物の重量感を知りなさい」というアドバイスが「働く意味」を考える上で大切な、もう一つのアドバイスにも繋がっていることに気がつきました。
近年は働き方改革に関する講演に登壇されることも多く、「ワークライフバランスの推進者」と紹介されることの多い佐々木さんですが、実はご自身はこの「ワークライフバランス」という言葉自体があまり好きではないと本著で語っています。
それは「ワーク」と「ライフ」をバランスさせるという発想だけでは不十分であり、両者を合わせて「マネジメント」していく発想が必要だからだと言います。
だからこそ、本書における佐々木さんのアドバイスは仕事そのものに関わる部分だけではなく、「本物の重量感を知りなさい」のように日々の生活や意識における部分にも及んでいたのだと、今更ながらの気づきがありました。
自分にとっての働く意味を考えるとき、「ワーク」と「ライフ」を明確に分けて考えていては早晩行き詰まってしまいます。
「ワーク」と「ライフ」を統合し、自分が望む人生を生きる為に何が大切なのかを明確にすること。佐々木さんはそれこそが人生のマネジメントにおいて大事なことだと言います。そうすることで、自分自身の人生観が醸成され、おのずと働く意味がブレない軸として培われていくのではないでしょうか。
働き方改革が急ピッチで進められる昨今ですが、今後働き方や労働時間がどれだけ変わろうとも、それはあくまで外的要因に過ぎません。充実した気持ちで働き続けるためには、自分の中で働くことに対する意味づけができているかどうかにあるのだと気づかされたました。
最近は昔読んだ本を読み返す、ということをしていなかったのですが、良い本はその時々の読み手の状況に応じて様々な顔を見せてくれるのだとあらためて思います。
また10年後、この本を読み返す時にはどんな気づきがあるだろう。そんなことも楽しみな一冊となりました。
(石井 雄輝)
『働く君に贈る25の言葉』(ポケット・シリーズ)
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