今月の1冊
2017年11月14日
「9つの第九」を聴こう!
早いもので、2017年もあと一ヶ月あまりとなりました。
年の瀬も近づいてきているわけですが、クラシックファンに限らず、年末のイベントとして一般的に認知されているのが「第九のコンサート」です。
ご存じの通りベートーヴェンの交響曲第9番。
これを聴かずして年が越せるか、という方も多いでしょう。
しかし交響曲第9番、略して「第九」は、何もベートーヴェンだけが作曲しているわけではありません。
今回は、お節介にも私が「他の第九も聴いてみて!」という想いで、代表的な「9曲の」つまり9人の作曲家の第九をざっと紹介してみたいと思います。
そして各曲の最後には、ご参考までにお勧めする演奏も付記しておきます。
では、年代順に行きましょう。
1.ハイドン:交響曲第9番 ハ長調(1762年作曲)
三楽章構成で演奏時間は10分少々と、とてもコンパクトな曲です。
編成も金管はホルン2本のみの小編成なので、後述するマーラーなどと比べると、真剣に聞くというよりはBGMとして気楽に聴ける交響曲と言えるでしょう。
小品であり、またハイドンは生涯で104曲もの交響曲を残しているので、CDで聴こうとすると30枚以上がセットになった高額の全集くらいしかありません。
ですから、YouTubeで聴くことができるドラティ指揮/フィルハーモニア・フンガリカの同曲をお勧めしておきます。
https://www.youtube.com/watch?v=P01qt1Y8oMk
2.モーツァルト:交響曲第9番 ハ長調(1769年作曲)
モーツァルト9曲目の交響曲でありながら、これを作曲したのは彼がなんと13歳の時。やはり不世出の「天才」です。
曲はハイドンと同様、小編成の室内オーケストラ用で、やはり10分少々の小品ですが、ハイドンと異なり古典派の交響曲の基本とも言える「アレグロ→フンダンテ→舞曲(メヌエット)→アレグロ」の四楽章構成です。曲調は明るく華やか。今だったらカフェで流れていると気持ちの良い曲です。
モーツァルトも、ハイドンほどではありませんが41曲の交響曲を残しているため、この曲を聴くならやはり全集になりますが、こちらは安価なものがいくつか出ています。
ここではアンサンブルと残響が美しい、マッケラス指揮/プラハ室内管の演奏をお勧めしておきましょう。余談ですがこの全集、他の曲、特に39番は最高です。
https://www.amazon.co.jp/dp/B001FWRYVA/
3.ベートーヴェン:交響曲第9番 ニ短調(1824年作曲)
第九といえばこの曲。もちろん年末に演奏される第九は全てこれです。「合唱付き」と副題がつくことも多く、なんと言っても男女4声のソロに混声合唱も加わった第四楽章の「歓喜の歌」は圧巻です。もはや解説は不要だと思いますが、生でこの曲を聴いて、エンディングで高揚感を感じない人などいないのではないでしょうか。
さて、この曲は様々な録音がありますが、今回は迫力があり、合唱も上手いスウィトナー指揮/シュターツカペレ・ベルリンの演奏をお勧めしておきます。
https://www.amazon.co.jp/dp/B003RECFJU/
4.シューベルト:交響曲第9番 ハ長調(1826年作曲)
「ザ・グレート」という副題の方が有名なこの曲、第8番「未完成」やピアノ五重奏「ます」などと並ぶシューベルトの代表作です。歌曲も多く作曲したシューベルトらしい、随所に耳に残るメロディがある、とても美しく、そして力強い作品です。
ちなみに副題である「ザ・グレート」は「偉大な」という意味ではなく、同じハ長調の作品である第6番と区別するために、演奏時間も含めより大規模なこちらの曲を「大ハ長調」と呼んだことに起因しています。
緻密な演奏でありながら、特に第一楽章のリリカルさが際立っているヴァント指揮/北ドイツ放送響の演奏でどうぞ。
https://www.amazon.co.jp/dp/B00SRVC2N2/
5.ドヴォルザーク:交響曲第9番 ホ短調(1895年作曲)
ベートーヴェンに次いで有名な第九はやはりこれ。「新世界より」という副題を聞けば、「ああ、あの曲ね」となる方も多いでしょう。特に第二楽章の主題は、歌詞を付けた「家路」「遠き山に日は落ちて」、そして小学校の下校の曲として覚えているはずです。
第二楽章だけでなく、様々なCMで使われていることから、私たちが知っているメロディが詰まった曲、それがドヴォルザークの第九です。余談ですが、第四楽章冒頭のメロディを聴いて「ジョーズのテーマ?」と感じたのは私だけではないはず(笑)
この曲に関しては、一音一音をクリアに響かせた小澤指揮/ウィーンフィルの演奏をお勧めしておきます。
https://www.amazon.co.jp/dp/B001RVITLS/
6.ブルックナー:交響曲第9番 ニ短調(1910年作曲)
第四楽章を作曲中にブルックナーが亡くなってしまったため、第三楽章までしかありませんが、たとえ未完だったとしてもこれが名曲であることには誰も異論は無いはずです。三楽章構成ながら1時間を超える大曲で、静かに終わるエンディングは、死を予感したブルックナーの心情が伝わってくるようです。
ブルックナーは、「終楽章が未完であれば、代わりに『テ・デウム』を演奏するように」との言葉を残していますが、合唱曲である『テ・デウム』を指示したということは、第四楽章はベートーヴェンの第九をイメージしていたのかもしれません。演奏会では、実際にこの2曲を続けて演奏する場合もあります。
ブルックナーといえば、ということで、チェリビダッケ指揮/ミュンヘン・フィルの演奏で。
https://www.amazon.co.jp/dp/B00005GJNT/
7.マーラー:交響曲第9番 ニ長調(1826年作曲)
ここまで年代順に第九をご紹介してきましたが、ベートーヴェン、シューベルト、ドヴォルザーク、そしてブルックナーは、全員「第九」が遺作となっています。これを「第九の呪い」と呼ぶ人すらいます。
マーラーは合唱が全体に取り入れられた第8番の後、もうひとつ合唱を中心とした交響曲を書きましたが、この「第九の呪い」を恐れ、その曲には番号を振らず「大地の歌」とタイトルをつけました。
そして次にこの曲を作曲したのですが、次の第10番の一楽章を完成させた後、この世を去りました。そう、マーラーもまた第九が遺作となったのです。
マーラーの最高傑作とも言われるこの曲は、そんな経緯もあり、全体を「死」のイメージが包んでいます。しかし「死」と言っても、それはもの悲しさだけを意味するのでなく、時に美しく、時に激しく、時に静かに、私たちはこの曲から「死」のイメージをくみ取ることができます。
そしてこの曲は、マーラーの楽譜の指示通り「死に絶えるように」静かなエンディングを迎えるのです。
私も大好きな曲ですが、結局は生で観る(聴く)ことが叶わなかった、アバド指揮/ベルリンフィルの演奏をぜひ聴いてみてください。
https://www.amazon.co.jp/dp/B000065E87/
8.ショスタコーヴィチ:交響曲第9番 ホ長調(1945年作曲)
旧ソ連の御用作曲家(国威高揚・共産党指導部礼賛のための曲作り)を装いながら、反骨精神旺盛なかなりの策士、ショスタコーヴィチも第九を作曲しています。(どう策士かはここでは割愛します)
第二次世界大戦の戦勝記念に作曲され、当局もベートーヴェンの第九のような壮大かつ勇壮な曲を期待していたにも関わらず、できあがってみれば五楽章構成なのに25分程度。曲調も軽妙な部分もあり、とても戦勝記念にふさわしい曲とは言えません。その分聴きやすいとも言えますが、5番や7番、10番といった有名な曲の陰に隠れてしまった曲です。
これはやはり旧ソ連の指揮者とオケ、ということでゲルギエフ指揮/キーロフ(現マリインスキー)歌劇場管の演奏でどうでしょう。ちなみにこのCD、メインは超有名曲である5番(革命)です。やはり9番は昔のレコードで言えば「B面」の位置づけなのですね。
https://www.amazon.co.jp/dp/B001RVITNG/
9.ヴォーン・ウイリアムズ:交響曲第9番 ホ短調(1958年作曲)
最も新しい第九。新しいだけに、いわゆる現代音楽の要素もあるため、正直「聴いてて気持ちの良い曲」ではありません(笑)
ちなみにこれもヴォーン・ウィリアムズ最後の交響曲。やはり「第九の呪い」でしょうか。
古典的な四楽章構成ではありますが、キャッチーなメロディはほとんど無く、不協和音も多い暗く、重めの曲調です。正直、よっぽどのクラシック好き以外にはお勧めしません(笑)
それでも聴いてみたい、という方は、デイヴィス指揮/BBC響の全集を。
https://www.amazon.co.jp/dp/B0002IVMIO/
いかがでしたでしょうか。
「ちょっと聴いてみたい」という曲があれば、CDショップやインターネットのダウンロード販売、あるいはYouTubeなどで探し、年末にでも聴いてみてください。
ところで、なぜ「年末は第九」(ちろんベートーヴェンの)という日本特有の文化が生まれたのか、皆さんはご存じでしょうか。
これには、「合唱も加え、高らかに歓喜を歌い上げる終楽章が「明るい来年」を予感させる」という理由に加え、もうひとつ「楽団の経営的側面」もあったようです。
単純な話、「第九は客が入る=売上が上がる」のです。第九は合唱が入りますが、合唱団の多くはアマチュアです。となると、第九は自分の晴れ姿を親族縁者に見てもらうには絶好の機会。
…そう、チケットがそれだけ「売れる」のです。第九は。
バレンタインデーなどと同様、実は文化も経済原理、いや、マーケティングによって生み出されているわけですね。
(桑畑 幸博)
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