KEIO MCC

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夕学レポート

2007年05月08日

丹羽 宇一郎 「人は仕事で磨かれる」

丹羽 宇一郎 伊藤忠商事株式会社 取締役会長、経済財政諮問会議 民間議員 >>講師紹介
講演日時:2007年4月17日(火) PM7:30-PM9:30

2007年度前期、最初の夕学五十講に登場されたのは、社長時代に伊藤忠商事の業績回復を成し遂げた、同社取締役会長の丹羽宇一郎氏です。今回は、丹羽氏が出席されていた政府の会議の都合でいつもより1時間遅い開演となりましたが、満席の会場に颯爽とお見えになり、2時間にわたる講演と質疑応答を立ったままでこなされました。


さて、丹羽氏によれば、人が働くことによって得られる報酬には「見える報酬」と「見えざる報酬」があるそうです。
「見える報酬」とは、金や地位といったもの。一方、「見えざる報酬」とは、心や精神の成長であり、これによって人は磨かれます。
そして、心や精神の成長をもたらしてくれるものが「課題」です。
丹羽さんのいう「課題」とは、「努力して成し遂げるべきこと」をさします。そもそも、人は人生において「課題」を持たないと生きていけないのであり、仕事こそが、この「課題」を人に与えてくれるのです。
ですから、丹羽氏は常々、「黒字で大儲けしている会社より、赤字で苦労している会社・部署のほうが人間として成長するよ」と社員たちに言っているそうです。なぜなら、赤字という苦しい立場で、なんとか黒字にしようと努力をしなければならない、つまり、赤字の会社や部署は、それだけ大きな仕事上の「課題」が与えられているのです。
丹羽氏が、「見える報酬」よりも、「見えざる報酬」をことさら大切にされていることは、「ビジネスは全人格の戦いである」というお言葉からもわかります。
ビジネスでは、商品自体の品質や価格だけでなく、取引相手は信用できるのか、また、相手は本当のことを言っていると信じられるかどうかの判断によって取引相手が決まります。つまり、仕事上の課題によって心や精神を成長させ、人格に磨きがかかっていないとビジネスに勝てないということでしょう。
この意味で、商社マンほど難しい仕事はないと丹羽氏は考えています。製品自体でも勝負できるメーカーと異なり、製品の流通に携わる商社マンの場合、担当者の「人格」がそのまま取引の成否に影響を与えてしまうからです。
「人格」について、丹羽氏は、どんなに「心の化粧」をして表面だけ取り繕っても、経営トップならひと目見れば相手の人格がわかるといいます。丹羽氏自身、40年にわたって人を見てきたので、相手が優れた人格の持ち主であるかどうかはかなり高い確率でわかるそうです。ポイントは「目」です。目の輝きや色の違いで相手の人格が判断できるということです。
そして、最近立て続けに起きている大手企業の不祥事の背景にも、やはり人格の問題があるとお考えのようです。人は等身大で生きることはなかなか難しいものです。どうしても、自分を良く見せたいと考えてしまいます。不祥事を起こした当事者が、よく「会社のためにやった」と弁解しますが、結局のところは、自己愛的、自己中心的な発想が根底にあります。自分保身のためについつい表面的に誤魔化してしまうわけです。
丹羽氏はそういう不祥事を見てきたことから、常日頃から等身大でいることを心がけているそうです。伊藤忠商事の社長を6年で退任されたのも、企業内では絶対的な権力者である社長をあまり長くやっていると、等身大の自分を見失ってしまうと判断されてのことで、社長就任時より6年で後進に社長の座を渡す事を公言されていたということでした。
また、愚者と賢者の違いに触れ、自分の欲しいままに行動するのが愚者、そうした行動を理性でコントロールできるのが賢者だと、丹羽氏は考えています。私たち人間には、本能のままに行動する「動物の血」が流れています。それが時に顔を出し、欲望にかられた行動をしてしまう。でも、そこをうまく抑えることができるのが賢者です。賢者とは、高い人格、つまり磨かれた心、精神を持つ人のことでしょう。
ですから、演題にあるように仕事によって磨かれ、高い人格を持つようになった人間なら、自分を良く見せようとして不祥事を起こすことはないとお考えなのかもしれません。ただし、必要なのは「知識」ではありません。高等教育を受けた優秀な人材が不祥事に手に染めていることを考えると、重要なのは「人間としての力」だそうです。それは要するに「人格」を磨くということでしょう。
さらに、講演の中で丹羽氏は、今後の日本が目指すべき方向についても語ってくれました。グローバリゼーションが進む中、水、食料、エネルギーといった天然資源の乏しい日本は、「人」と「技術」に力を入れることによって国際競争力を高め、外貨を稼ぐことで持続的な成長を維持しなければなりません。1億人を超える人口を養っていくためには、他に選択肢はありません。
幸い、技術については、まだ日本はかなりの強みを持っています。一方「人」については、「教育」の見直しが必要です。そして、子供の教育以前に、親や教師の教育がまず先に必要だと考えているそうです。子供は親や教師の背中を見て育ちます。つまり、親や教師の背中、すなわち行動自体が範を示すものでなければなりません。
このことは、会社における上司と部下の関係でも同じです。上司がどんなに口先で立派なことを言っていたとしても、行動がそれに伴っていなければ部下はその上司に従うことはありません。会社における社員教育もまた、優れた人格を持つ賢者が行動で示すことが求められるようです。
質疑応答の答えの中で触れられたことですが、丹羽氏がもっとも嫌いなものは、「汚い」「ウソ」「いやしい」と呼べる行為や態度だそうです。これらの言葉は、丹羽氏が社長時代に掲げた伊藤忠のスローガン、「清く、正しく、美しく」の逆の言葉であることに思い至りました。この「清く、正しく、美しく」は、よく考え見れば、まさに、あるべき人格の特質を述べたもので、丹羽氏がビジネスの上で人格を極めて大切にされていることを、改めて深く理解できた2時間だったように思います。

主要図書
まずは社長がやめなさい』 伊丹敬之・丹羽宇一郎(共著)、文藝春秋、2005年
『人は仕事で磨かれる』 文藝春秋、2005年
『会社は誰のために』 御手洗冨士夫・丹羽宇一郎(共著)、文藝春秋、2006年

推薦図書
人間 この未知なるもの』 Alexis Carrel(アレキシス カレル)著、渡部昇一訳、三笠書房、1980年(1992年・知的生きかた文庫)

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