夕学レポート
2007年09月11日
茂木 大輔「「知って楽しむ」クラシック音楽鑑賞のススメ」
茂木 大輔 NHK交響楽団 首席オーボエ奏者、指揮者 >>講師紹介
講演日時:2007年7月4日(水) PM6:30-PM8:30
NHK交響楽団の首席オーボエ奏者であり、クラシック愛好者を増やすことにも力を注がれている茂木氏は、壇上に設置されたCDプレーヤーをご自身が操作してクラシックの名曲を流しつつ、お話を進められました。
茂木氏は、小さい頃、よく母親にクラシックコンサートに連れていってもらっていたそうです。母親からは「音楽は心で聴けばわかります」と言われていました。確かに、聞いただけでそのすばらしさがすぐにわかる曲もあります。しかし、「クラシック」は、聴いただけですぐにわかるようなものではありません。確かに敷居は高いけれども、だからといって普段よく聴く機会がある曲、ごく一部のよく知られたクラシック曲を楽しむだけで満足していてはもったいない。それは、人類の偉大な財産であるクラシックの巨大な楽しみを逃していることになると、茂木氏は考えています。
茂木氏は、そもそも「名曲」とは何かという疑問を投げかけます。たとえば、「G線上のアリア」のように多くの人が知っている、聴きたがる曲が「名曲」だと一般に思われています。また、テレビドラマ「のだめカンタービレ」で演奏されたことで一気に知名度が上がり、コンサートの曲目に入れられるようになった「交響曲第7番」(ベートーヴェン)のように、ドラマや映画音楽などに採用されたことで演奏回数が増えた曲もあります。しかし、なかなか演奏されることがないために、知る人ぞ知る数々の名曲がクラシックにはあるのです。
たとえば、ハイドンはベートヴェンの先生だった18世紀の作曲家です。ハイドンは、ハンガリーの貴族の宮廷楽士として働き、生涯に100曲あまりの交響曲を残していますが、彼の曲をよく知っている、好きと言う人はあまり多くありません。なぜなら、あまり演奏されることがないからです。演奏されない最大の理由は、ハイドンの作品が主に13人のオーケストラで演奏できるように作曲されたものであるためです。この程度の小規模なオーケストラだと、コンサート会場はせいぜい300-500人程度の大きさになります。すると収支の点でコンサート開催が厳しくなってしまうのだそうです。したがって、演奏活動を継続するには、どうしても80人編成規模のオーケストラで、会場は3、000人収容といったコンサートになり、そうした大規模なオーケストラ向きの曲が演奏されることが多くなります。このため、ハイドンの曲はほとんど見向きもされないものになっています。しかし、茂木氏によれば、彼の曲は様々な実験に満ちた名曲揃いなのだそうです。実際、ハイドンの曲は当時、パリやロンドンでも繰り返し演奏されて高い人気を誇りました。ハイドンがロンドンを訪問した際には大騒ぎになったほどで、茂木氏に言わせると、彼は国際的な音楽スターの走りだったのです。
ハイドンは交響曲の基本的な構成を生み出した人です。茂木氏は交響曲の基本構成についてわかりやすく教えてくれました。そもそも「交響曲」は、オーケストラのための30分から1時間程度の曲です。そして、交響曲は4つの楽章で構成されています。これは「黄金の定型」とも呼ばれています。この4楽章の展開をわかりやすく言えば、まず速いテンポの第1楽章から始まり、ゆったりとした雰囲気の第2楽章が続きます。第3楽章は3拍子です。この楽章は「メヌエット」と呼ばれる舞踏曲としても使われます。華やかな宮殿で軽やかに踊る貴族たちのイメージが湧いてきます。そして、第4楽章はフィナーレ。大いに盛り上げて終わるというわけです。また、第1、2、4楽章の3つの楽章については、それぞれ「ソナタ形式」とよばれるスタイルに基づいて曲が作られているそうです。ソナタ形式は、簡単に説明すれば、力強い男性的なメロディにやわらかい女性的なメロディが続き、次いで両方が混ざり合います。その後、再び、最初の男性・女性の展開を繰り返すものです。こうして交響曲では緩急や強弱といったメリハリのある展開をすることによって、聴衆が最後まで曲に惹きつけられ、楽しめるように工夫されているのだそうです。茂木氏は、こうした曲の展開の基本的な定型を知っておくと、交響曲をさらに楽しめるようになると考えています。
次に、茂木氏は、ベートヴェンが書いた9つの交響曲の特徴について順を追って話してくれました。彼の交響曲1 番、2番は、前述の4楽章の基本的な展開に沿ったものでしたが、3番「英雄」の第2楽章では、本来想定されるゆったりとした曲調ではなく「葬送行進曲」という大変に暗い雰囲気を与えるものを書いています。そして続く第3楽章では優雅なメヌエットではなく、「スケルツォ」といういたずらに満ちたメロディを書いているそうです。こうして、ベートヴェンは宮廷で演奏されることを前提とした従来の交響曲の形式を壊すことで、宮廷音楽に制約されない自由な創作の可能性を開いたのです。
最後に、茂木氏は、ミサ曲、つまり教会で歌われる曲について歌詞とメロディとの関係を教えてくれました。ミサ曲の内容は神を賛美するものですが、その歌詞は全て同じと決まっており、一つの歌詞に対して、様々な作曲家がそれぞれ曲をつけています。茂木氏は歌詞の一部の意味を説明しつつ、バッハやモーツアルトのメロディが同じ歌詞をどのように展開しているか実際に曲を流して説明してくれました。たとえば、最初の1節は、「天の神に栄光あれ」という意味の歌詞です。したがって、メロディも、神様のいる天を指し示しているようなイメージを与える上昇するメロディになります。また、神の楽器とされている「トランペット」が使われることが多いのだそうです。続く第2節は、「よき言葉を語る、よき行いを為す人間に、地上において平和あれ」という意味ですので、メロディは地を指し示すような下降するメロディになります。このように、歌詞の意味を理解した上で、それぞれの作曲家がどのようなメロディを与えたのかを考えつつ聴くことは、確かに興味深いものでした。
茂木氏の講演内容は、まさにタイトルとおり、クラシックの歴史や背景、音楽の構成の仕組みなどを「知る」ことで楽しみが増すことを実感させてくれました。そして、人類の偉大な財産であるクラシックについて、知識を深めたいとの想いがふくらむ講演でした。
主要図書
『オーケストラ人間的楽器学』 ヤマハミュージックメディア、2001年
『くわしっく名曲ガイド』講談社、2006年
演奏CD
「モーツァルト オーボエと弦楽のための作品集」作曲:ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト、レーベル:フォンテック、1998年
「イタリアン・リサイタル」作曲:ベッリーニほか、レーベル:フォンテック、1999年
「プーランク、ミヨー、サン=サーンス オーボエとピアノのための作品集」作曲:フランシス・プーランクほか、レーベル:フォンテック、2000年
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