ピックアップレポート
2018年05月08日
山田 英夫『成功企業に潜むビジネスモデルのルール』
はじめに―見えにくいところに、ビジネスモデルのツボがある
企業のビジネスモデルを調べることは、楽しい作業である。特にそのビジネスモデルの儲かるツボを発見したときは、思わず「WOW」(日本語に適訳がない!)と叫び、他人に話したくなるものである。
本書でいえば、「商品モデル」で儲けていたはずのエプソンが、なぜそれを否定する大量インクタンクプリンターを出したのか。セブン銀行のATMの紙幣補充のために、綜合警備保障(ALSOK)はなぜ月1回しか来ないのか(答えは、序章、2章へ)。
一方で、自社のビジネスモデルを構築することは、とても難しい。どんなに俊英を集め、英知を絞っても、儲かる構造にならなかったり、競合が模倣した瞬間に価格競争に陥ったりする。事実と正しい推論に基づく「論理性」、豊かな「創造性」、机上の空論に終わらない「実践性」のすべてが揃わないと儲かるビジネスモデルにはならないが、この3つが成り立つことはとてつもなく難しい。
その際に、他社のモデルを参考にしたいところだが、その本質は、外からながめただけでつかめるようなものではない。なぜならば「見えない」ところにこそ、儲かるビジネスモデルのツボがあるからだ。
ビジネスモデルの構築において、外部から見えやすいマーケティングの部分については、参考になる書籍がたくさんある。しかし、外部から見えにくい「コスト」と「競争」の構造にも焦点を当てなければ、儲けの源泉にはたどりつくことはできない。
筆者はこれまで、『異業種に学ぶビジネスモデル』(2014)で、ビジネスモデルのヒントは離れた異業種にあることを示し、『競争しない競争戦略』(2015)で、優れたビジネスモデルは他社と競争しない仕組みを持っていることを述べてきた。本書ではそれらを受けて、儲かる仕組みの源泉は、外部から見えにくいところにあることを示そうと考えた。“三部作”といえば聞こえはよいが、ビジネスモデルの構築において、儲かる仕組みにだんだん近づいてきているが、同時にだんだん見えないところに入り込んできている。
こうした核心に迫るためには、経営者および事業責任者への直接の取材が欠かせなかった。彼らに取材できたおかげで、本書が執筆できたと言っても過言ではない。
どうやって注目のビジネスモデルを探しているか
ビジネスモデルの講演をしていると、「どのようにして、面白いビジネスモデルを探すのですか」という質問をたびたび受ける。残念ながら、検索エンジンや新聞・雑誌データベースに「ビジネスモデル」と入れても、狙ったものは出てこない。必ずしも、望むようなものに、ビジネスモデルというタグがふられていないからである。
面白いビジネスモデルを探す第一歩は、新聞、雑誌、テレビ、インターネットなどの公開情報にある。「知らない会社は、取材できない」のであり、知らなければ、深い調査もできない。本書で取り上げたケースのほとんどが、最初のきっかけは、誰の目の前も公平に通り過ぎている公開情報にあった。
公開情報は、ネット時代になって飛躍的に増えた。すべてをフォローすることは不可能である。筆者は、気になった新聞・雑誌に関しては、その箇所を切り置いて、2週間ほど手の届くところにためておく。そして2週間くらいたったころに、改めてその記事を見直し、”匂った”ものを調査することにしている。過去の経験から、2週間も寝かしておくと、情報は“発酵”するようで、この企業のモデルは面白そうだという匂い(シグナル)を発してくる。
そこで調査を始める。まずは公開情報からである。公開情報だけでも、ビジネスモデルの輪郭はかなり見えてくる(記事には、ビジネスモデルと書かれていない場合が多いが)。それとともに、なぜこのビジネスモデルが儲かっているのだろうか、という仮説をいくつか立てる(当然、外れることも多い)。
次に、情報のウラをとる。新聞・雑誌等に掲載された情報には、企業が書かせたもの、記者が書きたかったものも含まれており、必ずしも現実はその通りとは限らない。しかしウラをとるといっても、いきなり本丸の当該企業の経営者や事業責任者にはアクセスしない。簡単には会ってもらえないし、頑張っても広報止まりである。仮に会えたとしても、ただ「教えてください」といったオープンクエスチョン(自由に回答してもらう質問)の連続だと、相手にとって時間を割くメリットがなく、今後につながらない。
そこで先に行うのが、業界に精通した人への取材、競合企業への取材である。業界ウォッチャーは探せば必ずどこかにおり、最先端の動向を知っているため、情報詮索の「時間を買う」ことができる。また、自社のことについては口が堅くても、競合企業のことは比較的自由に話してくれる人が多い。こうして、公開情報と現実のギャップを埋めていく。
そして最後が、本丸の当該企業の経営者、事業責任者への取材である。大学に籍を置いている強みはあるが、間に2~3人介せば、何とか希望する人にアプローチできる(もちろん断られることもある)(間に6人介せば、国内の誰とでもコンタクトできるという米国の実験結果もある)。
その際に、よい紹介者を持つことはとても重要である。よい紹介者を得れば、その方のネットワークを使って、会いたい経営者にもコンタクトできる(その意味で、変化の激しい今日、ビジネスパーソンに必要なのは、「ノウハウ:Know How」ではなく「ノウフー:Know Who」だと感じる)。取材依頼時に、こちらの目的、準備状況、仮説などを伝えておくことも重要であり、それによって、相手が会ってくれるかが左右される場合もある(裏目に出る場合もある)。
こうして取材が実現した場合、良き質問者であるとあると同時に、良きリスナーであることが求められる。時には鋭い質問をすることによって、その業界・会社を相当勉強してきてくれたと評価され、胸襟を開いてくれることもある。「ここだけの話ですが……」が出てくれば、相手とのラポール(心の架け橋)が築けた可能性が高い。取材後は、記憶が定かなうちにできるだけ速くケースをまとめ、早いうちに広報担当者にチェックしてもらい、誤った事実を正してもらう(この間が空けば空くほど、広報担当者は、取材のことさえ忘れてしまう)。
舞台の裏を明かせば、本書はこうして事例を集め、このようなプロセスで事例研究を進めてきたものである。
「他人に話したかったビジネスモデル」を、序章、2章で多数紹介していく。その事例を読んでいただくだけでも筆者の思いは半分かなえられるが、時間に余裕があれば、後半の分析も併せて読んで、ビジネスモデルの見えないところにこそ、儲けるツボがあることを知っていただければ、なお幸いである。
おわりに
ビジネスモデルの見えない部分にこそ、儲ける仕組みの源泉がある。―これが本書のメッセージであった。
ビジネスモデルと名がつく書籍は日本でも数多く刊行されてきたが、初期に出版された書籍は、ビジネスモデルの定義や構成要素を示したものが多かった。その後は、「収入の上げ方」を類型化したものや、ビジネスモデルの構築方法を説明した書籍が数多く刊行された。
しかし、日本の大企業から画期的なビジネスモデルが構築できたという話は、あまり聞こえてこない。構成要素も構築方法も示されているのに、なぜ画期的なモデルが出てこないのだろうか。ここに本書の問題意識があった。
その答えを探し求めるうちに、「見える」ビジネスモデルの構築だけでは不十分であり、コスト構造と競争構造という「見えない」部分で、他社を寄せつけない持続的な仕組みが必要だということがわかってきた。これが本書のサブタイトルになったのである。
本書の執筆に際して、多くの企業に取材のご協力をいただいた。見えないビジネスモデルの解明は、筆者なりの仮説を持った上で、企業への取材なしにはできなかった。直接うかがった話から得られた数々の示唆のおかげで、本書が執筆できたと言っても過言ではない。中には公開されていない情報もあったり、時には話したくない内容についても質問させていただいたが、お忙しい中、快く取材を受けていただいた経営者、事業責任者の方々には、感謝の言葉もない。お1人ずつお名前を挙げられないが、本書が上梓できたのは、真にみなさまのおかげである。
またダイヤモンド社書籍編集局の木山政行さんには、構想段階から上梓まで、長い間お世話になった。ケースの多くは、ダイヤモンド・オンラインで先行して掲載してきたが、その取材に関しては、ダイヤモンド・オンライン編集部の小尾拓也さんにさまざまなご尽力をいただいた。
さらに原稿の執筆に関しては、データ検索から原稿整理まで、秋山直子さん、佐藤由里さん、牟田陽子さんにお骨折りいただいた。なお本書の一部は、科学研究費基盤研究(C)15KO3689の助成を受けた。
本書が、ビジネスモデルの「改善」ではなく、ビジネスモデルの「構築」に悩む日本企業へのヒントになれば幸である。
『成功企業に潜むビジネスモデルのルール』の序章と終章を著者と出版社の許可を得て編集・掲載しました。無断転載を禁じます。
- 山田英夫(やまだ・ひでお)
- 早稲田大学ビジネススクール教授
- 担当プログラム
慶應義塾大学大学院経営管理研究科修(MBA)。三菱総合研究所入社。事業領域の策定、新事業開発等のコンサルティングに従事。1989年早稲田大学に転じ、現在早稲田大学ビジネススクール教授。専門は経営戦略論、ビジネスモデル。学術博士(早大)。ふくおかフィナンシャルグループ、サントリーホールディングスの社外監査役を兼務。
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