夕学レポート
2003年08月05日
野田 稔 「コミットメントの引き出し方」
5月28日開催の『夕学五十講』の演題は、「コミットメントの引き出し方」でした。「社員のやる気をどうやったら引き出せるんだろうか?」おそらく、そんな問題意識を持った方々で、会場は満席となりました。お話いただいたのは、多摩大学助教授の野田稔氏。野田氏は、テレビにも登場されているのでご存知の方も多いと思いますが、リクルートのフェローでもあり、多方面で活躍されています。講演内容の質の高さもさることながら、お話の面白さ・巧みさでぐいぐい聴衆を引き込んでいく野田氏の才能を目の当たりにすると、タレント事務所(アミューズ)に’エデュテイメントタレント’として所属されている理由が納得できました。
さて、コミットメントをどう引き出すか、という本題の前に、野田氏は、モチベーションとコミットメントの意味の違いをわかりやすく説明してくれました。一言でまとめると、「モチベーション」とは、作業レベルでのやる気を指し、「コミットメント」とは、仕事レベルでのやる気を意味します。たとえば、若手の人事採用担当者が、その仕事の一環として、会社案内のパンフレットを作成しているとします。コピーライターばりに文章をあれこれ考えて夢中になっている状態は、その作業に対して「モチベーション」が生まれているといえるものです。ただ、これは作業単位ですから、そのやる気はせいぜい数時間から数日間しか続きません。しかし、人事の仕事は、会社案内の作成だけでなく、会社説明会の会場の手配や面接のアレンジなど、様々な作業が含まれます。そうした複数の作業が含まれる「人事」という仕事全体に対してやる気を感じているとすれば、それが「コミットメント」だそうです。これは、数ヶ月から数年、長期に継続するやる気です。さらに、野田氏は、ある仕事に対して「天職感」を感じ、長期的に取り組んでいることを「キャリア意識」と呼んでいます。
ここでマネジメントの対象として、「キャリア意識」、「モチベーション」、「コミットメント」の3つを考えます。「キャリア意識」をマネジメントするのは簡単ではないと、野田氏は言います。確かに「人事が天職だ」といった意識を社員に押し付けるのは、難しいでしょう。一方、モチベーションは、作業単位でのやる気ですから、短期的な賞賛や達成感を与えることができれば、比較的マネジメントしやすいそうです。わんこそばでたくさん食べることができるのは、食べ終わったお椀が目の前で積み重なっていくからです。そんな達成感が見える仕組みを作れば、「モチベーション」を上げるのは簡単です。
しかし、マネジメントの対象として意味があるのは、「コミットメント」です。現在の仕事に対して、天職とは言わないまでも、全身全霊で打ち込みたい、がんばりたい、そんな社員のコミットメントを引き出すことの重要性について、野田氏は、経営者は自分だけでは何もできないことを理由に挙げます。経営者は経営の意思決定を行うだけです。「現実」に落とし込むのは、現場の担当者です。したがって、現場社員のコミットメントを引き出さなければ企業の成果は上がらないのです。
続いて、今回の本題です。野田氏は、コミットメントを引き出す方法として、次の5つのポイントを提示し、それぞれについて詳しく話してくれました。
1.プロセスと尺度
明確なプロセスや、評価尺度・基準は、それだけでは、成果を出すための十分条件ではありません。こうしたものは、コミットメントを引き出すための基盤(インフラ)のようなものであり、そう考えると、全ての企業において必要なものと言えるものです。また、業績基準の透明性を高めると、集団としての協調的な取り組みにつながるそうです。KOAという長野のメーカーの場合、生産をチーム単位で行い、チームごとに日次決算をやっています。毎日のB/S、P/Lがチーム全員に開示されることで、その数値を高めるためのチーム単位での自律的な工夫や努力を引き出しているのです。こうした、目に見える範囲でのコントロール・フィードバック環境において、やる気は向上すると野田氏は指摘します。
2.認知および賞賛
ディズニーランドで園内のゴミを掃除するスタッフは、自分の仕事に誇りを持っています。彼らは、率直に言ってしまえば、「掃除係」です。しかし、彼らは、ディズニーランドにおいて重要な役割を果たしていることを周囲が明確に「認知」していること、また、ちり一つ落ちていない園内のきれいさに対する来客からの「賞賛」があることが、彼らの仕事に対するコミットメントを引き出しているのだそうです。また、野田氏がフェローとして在籍しているリクルートでは、お互いに相手を賞賛しあう文化が根付いています。自分の業績を自慢しあうコンテストまであるそうです。こうした仕掛けを通じてリクルート社員はお互いのやる気を高めあっているようです。
3.個人による達成感
就職意識ではなく、就社意識の高い知的ワーカーにおいて大事なことは、自らが成長し続けられることです。彼らにとって、成長し続けられる場であるのなら、所属する会社にはこだわりません。しかし、逆に、会社が成長のための豊富なチャンス(機会)を与え、またそのチャンスを成果に結びつけるための行動に自由度があるならば、もっともっと仕事にコミットしてくれることでしょう。また、人材に対して惜しみなく投資することは、個人の実力向上を通じて業績改善をもたらします。もちろん、個人の能力が上がると、他社に転職されてしまう可能性も高くなります。しかし、そうして人材に投資する会社であり、あそこに入れば実力がつく、という評判を得れば、優れた人材が集まって、辞めていく人材の穴をちゃんと埋めてくれるのです。このことについて野田氏は、「人材は広告塔である」という、印象的な言葉を教えてくれました。
4.起業家精神
野田氏は、これまで5社の立ち上げに関わりましたが、その中でも印象に残っている1社は、会社の定款書きからやった会社だそうです。苦労して立ち上げただけに、「自分の会社だ!」という意識が強く、随分のめりこんだそうです。自分の仕事に対するオーナー意識、いわゆる「起業家精神」が、強いコミットメントを生み出すのはうなずけます。
5.MVPパス
MVPのうち、Mは’Mission’(ミッション:使命)のことです。使命とは命を使うと書きます。命を使ってもいいと考えるような、そんな社会的意義のある仕事を誰でもやりたいと思うものです。そして、Vは’Value’(バリュー:価値)は、組織が共有する価値のことです。Pは’Pride'(プライド:誇り)のこと。要は、企業が、高潔な目的、豊かな歴史、強固な価値観などを共有していることが、社内の結束力を高め、個々の社員のコミットメントを高めるのです。
野田氏は、上記の5つの方法以外に、コミットメントを引き出す方策として危機感に訴える方法も挙げます。確かにこれも効果がありますが、危機感は風化しやすいものです。危機をずっと訴えているとそれが常態になってしまうのです。したがって、危機感を使うのなら短期的に使うべきだそうです。むしろ、“楽しさ”によるコミットメントの引き出しを野田氏は推奨します。「仕事はまじめにやるべきもの」であるという思い込みを捨て、「ゲーム感覚」を仕事に持ち込むことで、仕事を面白くする。それがコミットメントの引き出しに効くそうです。
最後に野田氏は、わが国「日本」に対する国民のコミットメントはどうなっているのか、という点、あるいは、我が社ではどうなのか、をぜひ考えて欲しい、という投げかけで講演を締めくくりました。今回のお話でお聞きできたのは短期的なモチベーション向上ではなく、長期的なコミットメントを引き出す方法で、まだそれほど多く議論されている論点ではないだけに、目が開かされる思いをしました。
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