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夕学レポート

2019年06月11日

若宮 正子氏講演「人生に「もう遅い」はない~世界で最も有名な83歳のプログラマー~」

若宮 正子
デジタル・クリエーター
講演日時:2018年12月7日(金)

若宮 正子

年相応より、好奇心相応

歴史には、「生まれるのが早過ぎた」と評される人がいる。先見性と行動力に富んだ人物が、その時代の慣習や価値観と相容れず不遇のままで終わることがままあったからである。
翻って、現代では「時代がその人に追いついてくる」という現象が起きるようだ。83歳のデジタルクリエイター若宮正子さんの軽やかな生き方を知ると、つくづくそう思う。

若宮さんは、1935年生まれ、最後の学童疎開世代にあたる。物心ついた時から10歳まで、世の中は戦争一色であった。かなりの才媛でいらしたようだが、高卒で銀行に就職した。
「大卒女子は、医者か学者にでもならない限り働き口はなかった...」からだ。

三菱銀行に勤めた若宮さんは、業務改善提案をすることが大好きで、次々と上司に提案をした。事務仕事が優秀な職場の華が尊ばれた時代に、新しいもの好きで、臆することなく改善提案をぶつけてくる若宮さんは少し変わった女子行員だったに違いない。
会社は、彼女に企画開発セクションの仕事を用意した。女性は一人だけ、異例の異動だったとのこと。若宮さんは、そこで定年近くまでを働き甲斐をもって忙しく過ごした。

定年が近づいた頃にパソコンを始めた。まだパソコン通信の時代であった。家でじっとしているのが嫌で、外との交流を求めていた若宮さんはニフティサーブの「メロウ倶楽部」に入会する。シニアのPC好きが集まったコミュニティ(当時はフォーラム)であった。

「私は、翼をもらった」
若宮さんは、そう言う。お母さまの介護で外出に制限があった彼女にとって、ネットは世界を自由に飛び回ることができる翼のようなものだった。

いつしか、シニアのICTコミュニティの中で知られる存在になり、自宅では、同世代の人達を対象にしたPC教室も始めた。
根っからの創造志向を持った若宮さんは、やがて「エクセルアート」なるものを創出する。エクセルのセルの塗りつぶし機能や罫線の色付け機能をフル活用してアーティスティックなデザイン表現を楽しみ始めたのである。

エクセルアート・ミュージアム

いまでは、3Dプリンターを使ってペンダントを作り、服地にプリントして自分だけのオリジナルドレスを製作するまでに至っている。

ついにはiPhoneアプリ「ひなだん」を開発する。81歳の時であった。

作り方は、スカイプとメッセンジャーを駆使して東北の大学教授から手ほどきを受けた。イラスト、音楽、ナレーション等は、世界中のネット仲間が協力してくれた。
「私には、なぜか良いお友達がいっぱいいるんです」
そういう関係性を、若宮さんは築き上げていたのである。

CNNがこのアプリを取り上げたことをきっかけに、世界中に知られるところとなり、Apple CEOのクック氏から、ぜひ会いたいというオファーが届いた。ANA直行便ビジネスクラスのチケットが添えられていたという。

「82歳のおばあちゃんが、にわか有名人になっちゃたんですよ!」

いたずらっぽい笑顔で話しながら、若宮さんは、この1年半で起きたことを楽しそうに話す。TEDのスピーカーとして、満場の喝采を浴びる。国連に呼ばれてスピーチをする。政府の「人生100年時代構想会議」の有識者メンバーに選ばれる。今春には、天皇陛下主催の園遊会に招待され、「エクセルアート」柄のドレスで出席した。
本日の講演も早々に満席マークが灯る大人気であった。

有名人になってから得たものも大きいという。この夏から秋にかけて、中国やアメリカのプログラミング関係のコンファレンスやフォーラムにゲストスピーカーやパネリストとして参加した。そこで得たのは、プログラミングの変化と革新だという。

プログラミングへの関心が変わってきた。オタクや天才ITキッズの趣味だけではない。例えば、70歳の猟師さんが「イノシシ捕獲器制御ソフト」を開発し、年間93頭の害獣駆除に成功して表彰を受けている。

アプリ甲子園第一位に輝いた17歳の少年の作品は「徘徊するお年寄り発見アプリ」だという。度々徘徊するおじいちゃんを探すのに近所の方が苦労しているのを見て、靴のかかとにセンサーを付けて、すぐに居場所がわかるようにしたものだという。

「現場を知っている人が、自分に役立つアプリを、自分で開発する時代になった。プログラミングは身近な問題を解決するためのものになっている。」
若宮さんは、そう喝破する。

人生100年時代を迎え、若宮さんは、「時代の先端をいく人」になった。しかし、そこの気負いはまったくない。自分を見る周囲の目が変わっていくのを、面白そうに楽しみながら生きていく。小さな身体でキャリーバッグを引きながら、どこにでも出掛けていく。講演では、ユーモアたっぷりに1時間半語り続ける。

之を知る者は之を好む者に如かず、之を好む者は之を楽しむ者に如かず

論語の一節を思いだした夜であった。

(城取一成)

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