今月の1冊
2008年12月09日
『芸術(アート)のグランドデザイン』
著:山口裕美 ; 出版社:弘文堂 ; 発行年月:2006年12月 ; ISBN:9784335800535; 本体価格:2,625円 (税込)
書籍詳細
皆さんは、日常生活の中で「美」を感じているだろうか。金色に輝く銀杏の木を見て心を奪われたり、偶然入ったランチのお店で上品な器に幸せを感じたり、などと。
日々の仕事に追われ、気がつけば師走に入り、「今年は早かったな」などという声が聞こえてきそうな季節。「忙しくて『美』なんて感じている暇はない」という方も多くいらっしゃるのではないだろうか。私たちの周りには「美」を感じる素材は山ほどあるはずなのに。
日本には昔から、四季折々の季節を自らの五感を通じて楽しむ習慣が根付いていた。春には美しい桜を愛でたり、蝉の大合唱で夏の訪れを感じ、美味しいものを食べて収穫の秋に感謝し、冬には家族で火鉢を囲む生活があった。
しかし、戦後の復興で経済性や合理性を追求するあまり、文化が置き去りになり、経済と文化のバランスが著しく崩れてしまったような気がしてならない。
その結果、グローバル化が進展していく現代において、万国共通のリテラシーとも言えるアートが、日本においてのみ「高尚な趣味」と誤って位置づけられ、世界的に活躍する日本のビジネスパーソンでさえアートに関心を持つこともなく、またそれを恥じることもなく平然と生活をしている。
そう言う私も、デザインの仕事をしていた母親の影響で、定期的に美術館に通う習慣こそあったものの、興味の中心はモネやフェルメールと言った既に評価の定まった歴史的な名画で、現代アートについては存在意義や価値を理解できずに、これまで食わず嫌いで来てしまった。
今月は、そんな私の価値観やライフスタイルを変えた1冊、『芸術(アート)のグランドデザイン』を紹介したい。
本書は、アートプロデューサー&現代美術ジャーナリストの山口裕美さんと、アートに関わる様々な職種の著名人との対談形式で展開されている。今注目が集まっている日本の現代アートを取り上げ、「アートは21世紀の常識」として、アーティストの発想の原点に触れることは、クリエイティブな仕事をしている方だけでなく、現代のビジネスパーソン全ての方の仕事に役立つ新しい視点を拓いてくれると説く。そして、鈍った五感を蘇らせるためにも、日常生活の一部にアートを置き、「美」を感じ、「好き/嫌い」という自分の価値観をきちんと言える判断基準を持つためにもアートは非常に大きな役割を果たす。
建築家 隈 研吾さんやアーティスト 宮島達男さんを始めとする錚々たる著名人との対談で繰り広げられる「美」の世界は、未来を予見するものであったり、現代社会への提言であったり、非常に示唆に富んでいて、様々な角度からアートの理解を深めることができる。そして、本書には金沢21世紀美術館など話題のアートスポットの紹介もあるのが大きな魅力である。
では、なぜ歴史的な価値のある名画ではなく、現代アートでなければならないのか?本書ではいくつかの理由を挙げているが、「作品の解釈を考えることは、答えのない問いかけに自問自答することになるから」という点に、私は深く共感した。現代アートは作品の創作と評価が同時に行われる。アートは問題提起であって、正解があるわけではない。観賞者はその作品の良し悪しや価値や将来性を自らの目で見極めなければならない。それは、アートに限らず普段の生活や仕事においても、自らが情報収集し、考え、判断することが求められているということだ。
本書に出会った後、私は香川県の直島に一人旅をした。ご存知の方も多いと思うが、直島は世界中のアートファンが集まる現代アート聖地。海外から「21世紀のシスティーナ礼拝堂」と称される「地中美術館」や、古民家をアーティストと地元の人の力で蘇らせた「家プロジェクト」などの作品が島中に散りばめられている。高松から船で約1時間かけて現代アートを見に行くという、作品と出会えるまでのプロセスまでもが作品の一部とさえ感じられる贅沢な場所である。
この島を訪れて、私の価値観は大きく変わった。瀬戸内海の大自然の中に置かれた数々の作品に触れることで、「このきれいな風景を守っていかなくては!」という環境保護の意識が強まり、数々の作品に込められたメッセージから現代社会の矛盾を感じたり、島の人との触れ合いの中で、合理的なもの以外を徹底して排除してきた自分に気がついたり、そして、日本人以上にヨーロッパなど海外からの旅行者が多いことで、日本人のアートへの関心の低さに疑問を持つなど、数え切れない発見があった。
もう一つの大きな変化は、休日を公園で過ごすことが多くなったということだ。ビジネスパーソンにとって、新聞や書籍などで情報収集をすることは非常に大切なことだが、休日の公園で季節の移り変わりを感じ、自分の五感を磨くことはそれ以上に重要なことだと思う。そしてそれには日々の喧騒から離れた公園が最適な場所だということも。そこで気のおけない友人と時間を忘れて語ってみる。時にはアートについて。私にとっては煮詰まった発想を解きほぐすこともできる貴重な時間である。
まさに、アートは自分の生活や価値観を豊かにするもの。
本書を読み終わる頃、「久しぶりに美術館に出かけてみようかな」という気持ちになるのではないだろうか。その時には思い切って、本書を片手に直島へアートの旅をしてほしい。アートは数多く見ているうちに何となく分かってくるものなので、初心者だから…と言って臆することなく、チャレンジしてほしい。きっと、四季折々、瀬戸内海の穏やかな景色が暖かく迎えてくれて、きっと皆さんの価値観を豊かにしてくれるだろう。
(石川 夕貴子)
『芸術(アート)のグランドデザイン』(弘文堂)
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