夕学レポート
2020年05月12日
泉田 良輔「テクノロジーがすべてを塗り変える産業地図」
「理由は分かっている。でも出来なかった」
泉田良輔さんが、テクノロジーアナリストとして世に出たのは2013年。『日本の電機産業 何が勝敗を分けるのか』という本を書いたことがきっかけであったという。
この本のコンセプトは、10年程前NHKスペシャルで特集され、書籍化もされた『海軍反省会』であった。
戦後30年を経て、水交会館に集った旧海軍の参謀達は、自らの失敗をこう振り返った。
「(負けた)理由は分かっている。でも出来なかった。それが悔しい...」
泉田さんの取材に対して、日本の電機産業を率いた経営幹部層は、旧海軍参謀と同じように語ったという。原因はわかっているが、手の打ち方が難しい。より広範囲に、既存の領域を越えて、行政・政治・社会システムまでデザインし、巻き込まないと勝てない。
すべてを塗り替えるような産業地図の大転換が起きている、ということではないだろうか。
泉田さんが、アナリストとして大事にしている分析アプローチは三つあるという。
1.テクノロジー基点
テクノロジーの進化が変化の基点になる、ということは、すべての産業に言えることだ。無縁な業界はない。
2.垂直統合
現状の自社ドメインの上流と下流のレイヤーをシームレスに接続する「タテの統合」が出来るかどうか。それがUX(ユーザーエクスペリエンス)を改善する鍵になる。
3.インフラの変化を読む
モノやサービスそのものをいくら詳細に分析しても本質は見えてこない。モノやサービスを支えるインフラがどう変わるのかが決め手になる。
泉田さんが、電機産業の成功事例としてあげたのがアップルであった。アップルの復活がテクノロジー基点であったことは説明をするまでもないが、アップルは垂直統合の成功モデルでもあった、と泉田さんは分析する。
iPhone、Macという革新的ハード(下流)だけではない。iOSを作って中流領域へ歩を進め、iTunesやApp Storeというサービスプラットフォーム(上流)を開発し、最上流のデータセンターまで自前で持っている。見事な垂直統合に成功している。
通信インフラの進化もフォローウィンドになった。例えば2007年、初代iPhoneはショボかった。2Gの通信インフラでは革新的な機能を活かすことができなかったのだ。2008年に3Gに対応したことで一気に花開いた。決め手はインフラであった。
電機産業で起きた構造変化は、自動車産業でも起きようとしている。
先述の『日本の電機産業』にいち早く興味を持ち、泉田さんに接触をしてきたのがトヨタであった。同じ危機感を持っていたようだ。泉田さんの次の著作『Google vsトヨタ』は、そういう経緯から2014年に生まれた。
Googleがトヨタのライバルになるという視点は、いまでこそ広く共有されているが、5年前には批判も多かったという。
結果としてはこの本は、「予言の書」になった。2018年、豊田章男社長が「モビリティカンパニー宣言」を出したことで、それがはっきりした。
はたして、トヨタは新たな競争に勝てるのだろうか。
泉田さんによれば、先行者に比して10年遅れのチェンジだという。ダイムラーは10年前からモビリティサービスを志向し、配車サービスやカーシェアへの取り組みを始めていた。すでに、ライバルBMWとの提携にまで踏み込んでいる。
もとより、トヨタが目指すのは「プラットフォーマー」である。自らがモビリティサービス(配車サービス事業やカーシェア事業)を提供するのではなく、サービス事業者が使うプラットフォームを提供しようという戦略だ。
トヨタとソフトバンクが組んだMONETは、IoTプラットフォームとモビリティプラットフォームという異なるプラットフォーマーを目指す両者が、垂直統合のために、欠けていたピースを補い合ったと考えると腑に落ちる。ハードに強いトヨタとICTが強いソフトバンクの相互補完である。
ちなみに泉田さんは、トヨタとソフトバンクの関係も『Google vsトヨタ』の中で、5年前に予見してたと胸を張る。
競争ルールの破壊が起きているのは、電機産業だけではない。小売業も、金融業も変わろうとしている。その変化は産業を越えて私達の生活や雇用環境を変えていくであろう。
限られた紙面では、講演で触れられた変化の予兆をすべて紹介することはできない。泉田さんの『テクノロジーがすべてを塗り変える産業地図』を読まれたい。
私の願いはただひとつ。
「(負けた)理由は分かっていた。でも出来なかった。それが悔しい」
そういう反省会が二度と開かれないことである。
(慶應MCC城取)
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