今月の1冊
2010年03月09日
『ビッグイシュー日本版』
「人生とは、小さなおもしろいエピソードを
いくつか含んだ大きな悲劇だと思っている。」
『ビッグイシュー日本版』の最新号(138号2010.3.1)巻頭インタビュー、映画監督ウディ・アレンの言葉です。シニカルで悲観的、彼らしくもあり、共感もし、そしてこの『ビッグイシュー』をまさに表現している言葉だと思います。ウディ・アレンはこう続けます。「僕はひたすら滑稽でもなく、まったく悲劇的でもなく、ただ単に現実的なのだと思うよ。」
皆さんはこの『ビッグイシュー』をご存じでしょうか。
『ビッグイシュー』は駅前や交差点で、ホームレスの人々が300円で販売している雑誌であり、「ホームレスの仕事をつくり自立を応援する」事業です。
「名前は聞いたことはあるけれど手にとったことはない」方が多いのではないでしょうか。そこで今日はこの「小さなおもしろいエピソードをいくつか含んだ大きな悲劇」、世界をそんな視点で現実的に見つめ、伝え、語るこの雑誌をご紹介します。
『ビッグイシュー』。表紙は毎号、ビッグアーティストが飾ります。ウディ・アレン、ダスティン・ホフマン、ケミストリー、スティング、ジョニー・デップ。監督/主演映画の封切りや新作発表が絡められた、旬な人選で、インタビューでは彼/彼女らの素顔を探ります。販売員さんによってはバックナンバーをお持ちなので、表紙で好きなアーティストを選んで1、2冊手にとってみるのもお薦めです。
続いて、特集。
「仏像はなぜ、時を超える?」(136号)、「果てしなさとは?宇宙近づく冬の星空」(133号)、「自閉症その不思議と豊かさ」(130号)、「よろこびのピクニック」(138号)といったように、文化芸術、自然科学、社会問題、季節の特集と実に幅広いテーマです。同時に、どんなテーマにも、社会に対する真剣な視線が貫かれています。
たとえば138号。ピクニックといってもよく見かけるグッズやお弁当の紹介ではありません。1802年ロンドン、社交に縛りの多かった時代に「ハレンチなばか騒ぎをして当時大ニュースになった」と歴史を遡り、社交性を原点とした都市のピクニック事情、斬新なウエディングピクニック、日本に古くからあった春や秋に野山で飲食をして花や鳥の声を楽しむ「野掛け」などを紹介しています。
136号では、仏像のほとんどは過去に修復を受けており、「仏像を残そうと願ってきた人々の想いの連鎖に意味がある」と語る、仏像修復師 飯泉太子宗さんに注目します。飯泉さんはNPO法人『古仏修復工房』を立ち上げ、全国各地のお寺や集落からの依頼で仏像修復に携わっており、人々の想いを大切に守り続けています。
特集の後には、1/2~3ページの国際記事と、コラム形式の国内記事が続きます。
国際記事は、世界28ヶ国80の都市・地域のストリートペーパーと連携して編集されており、臨場感が伝わるのは、その土地をしっかりと踏み、人々と同じ視線に立って書かれていているからだとわかります。ですから衝撃の現実を知ることも多くあります。
たとえばアフリカ最大の産油国アンゴラは、30年続いた内戦が終結したのち、原油価格の高騰と建設ラッシュで年平均15%の驚異的な経済成長を成し遂げていますが、一方で人口の2/3は今日も1日2ドルの収入で貧困生活を何とか生きながらえています。最大の問題は貧しい者たち、つまり国民の多くが、裕福な自分の国の現実を知らないことにあります。知らなければ国の政治を疑問視することも、お金の支出のあり方を追求することもないからです。(137号)
中国南部にある広東省大宝山鉱山のふもとでは、数千もの村々で人々ががんの脅威とともに生き、包括的な公的健康保険制度がないため多くの人が医療費のために借金を重ねています(138号)。アマゾンの村コロンビアのレモリノでは、高値で売買されるコカインの原料コカ栽培と蜜業に替わる、経済的自立の道をカカオ豆栽培に求め長い道のりを歩んでいます(130号)。
このように、戦争の終わりは問題の解決ではないことや、経済発展の影には新たな不幸や苦しみが生まれていることを改めて思い知らされます。
記事・コラムには楽しい話題もたくさんあります。
ケニアで獣医として活躍する滝田明日香さんのレポート「ノーンギシュの日々 ナイロビ出産記」はその一つ。ケニアの赤ちゃんは誕生直後から首がすわっている、産後すぐの食事に脂ぎったフライドポテトとチキンが出された、と驚きの連続です。事前手配がまったく役に立たないちゃらんぽらんな対応、正論が通らないうえ文句を言えば説教をくらう、奮闘の様子につくづく大変そうだなあと同情しつつも、滝田さんのテンポよい口調に思わずこちらも愉快になってきます。
これまた毎回面白いのが、巻末にある「ホームレス人生相談」のコーナーです。
亡くなったマイケル・ジャクソンを想って大泣きしてしまう、「どうしたら気持ちを整理できるでしょうか。」と相談する男性には、「あなたは、きっとものすごく心根の優しい人なんだと思うよ。」と語りかけ、「とにかく今は、無理に心を整理しようとせずに、マイケルのことを考えながら思い切り泣いたらいい。どっぷりと依存してしまっていても、いい種類の依存だから気にしないで。」とあたたかく寄り添います。(135号)
「仕事の飲み会がめんどくさい」38歳の会社員には、人とのつき合いは一番大事な部分なので、「ここはひとつ直していくべき」と、はっきりと答えます。そしてさり気なく「一緒に飲んでも楽しくない人間が多いっていうことなんでしょうか。もしかしてかたい話ばかりしているのでは?」と返す問いには、発想を変えるアドバイスがあって、「嫌」ではなく「面倒」で、断りつつも気になっている彼の気持ちにも応えています。(137号)
さいごに。私の手元にある最新号には手紙がはさまれていました。
「前略 路上より
いつも私を気遣っていただきありがとうございます。(中略)そんな毎日を送っている私も3/6(土)で卒業となります。毎日どんな人と会って話ができるのか、また一日中見送るだけで終わるのか、そんなことを考えながら販売をしていました。それが楽しかったです。
大切なお客様へ 販売員「吉富」より」
吉富さんは、『ビッグイシュー』を黙って片手に掲げ、静かに販売をされている方でした。何万何十万もの人がひっきりなしに激しく行き交う品川駅港南口で、ほとんどの人が吉富さんに気づかずに通り過ぎていきました。
私も以前はその一人でした。今でこそ、そこを通って『ビッグイシュー』を買い、吉富さんと会話するのが楽しみでしたが、何度も近くを通りながらも、いつも先を急いでいて、視野に入るものすらよく見えていなかったのでした。雑踏にのみ込まれ、自分を見失いそうになりそうな、そんな私さえも、吉富さんは”見送り”ながらも見守ってくれていたのだと思うと、感謝の気持ちでいっぱいになりました。
ウディ・アレンはインタビューをこう締めくくっています。
「人生が憂うつであればあるほど、私たちはお互いを必要とするものなんだよ。」
(湯川真理)
『ビッグイシュー日本版』
路上生活者(ホームレス)の人々に仕事を提供し、自立を応援する事業です。1991年に英国ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊されました。
販売額300円のうち、160円が販売者である路上生活者の収入となります。
『ビッグイシュー』のIDカードをつけ、帽子をかぶって、路上の決められた場所で販売しています。
毎月1日と15日の2回、発行されています。
販売場所一覧
http://www.bigissue.jp/sell/index.html
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