KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

ピックアップレポート

2010年09月14日

若年者とキャリア教育 -キッズシティージャパン社寄付講座『若年者とキャリア学習』-

宮地夕紀子
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特別研究講師、同大学SFC研究所キャリア・リソース・ラボラトリー上席所員(訪問)

皆さんが小学生だった頃、自分が「キャリア教育」を受けた記憶はあるだろうか?筆者自身の話で恐縮だが、通った小学校は横浜の南部にあり、ご近所の代表的事業所である日産自動車追浜工場や東急車輌を訪問するのが、我々の小学校含め近辺の小学生にとっての「社会科見学」であった。それがキャリア教育だったのかと問われると、果たして疑問が残るものの、仮に「あった」とすればその程度の記憶で、実際の社会に触れる機会というのは当時、学校教育においてそこまで重要視されていなかったように思う。皆さんの記憶の中では、如何だろうか。
 


「小学生×キャリア教育」から見えること
 2009年の秋学期、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)で『若年者とキャリア学習』という授業が初めて設置された。ここで言う「若年者」とは小・中学生のことで(授業では主として小学生をその対象とした)、通常私たちが考える「キャリア教育」とは少々、距離のある世界にいる子供たちのことを指している。しかし、キャリア教育の対象が必ずしも社会人だけではなく、より幅を広げている昨今、「小中学生」と「キャリア」というテーマを掛け合わせると、どんなことが見えてくるのか考えてみようではないか-そうした問題意識のもと、授業設計に着手した。
 これは教育学部ではないSFCの学生にとってチャレンジングなテーマ設定である一方、担当教員にとってもチャレンジングな試みであった。なぜなら、高等教育の専門家はいても、初等教育の専門家はひとりも居なかったからである。それでもキャリア教育である以上、「働くこと」の現場である社会、企業、組織といった文脈を折り込むことを回避できないはずである。これからのキャリア教育の全体像を議論していく場として、色々な方の協力を得つつ手探りの授業運営で進め、今年の2月に一連の授業を終えた。決して網羅的な授業であったとは言えないが、それでも新たな一歩をまずは踏み出せた講座ではなかったかと考えている。
 本授業は、東京の豊洲および兵庫の甲子園で仕事体験施設「キッザニア」を運営する、キッズシティージャパン社による寄付講座という形で設置された。新聞、TV等メディアで、キッザニアの存在を知る人は少なくない。しかし中に入ったことがある人は限られているのではないだろうか。対象年齢の子供を持つ家庭の方であれば、キッザニアに入る機会もあろうかと思うが、実は「入場する子供たちの保護者」という形でしか、大人たちは入場ができない。従い、多くの大学生にとっては縁遠い場所であり、直接見る機会の乏しい場所でもある。
 「若年者のキャリア学習」では、そんな縁遠い「キッザニア」に訪問し、入場者である子供たち、保護者や教員の方々、あるいはキッザニアで働くスーパーバイザー、社員の方に、インタビューや調査票形式によるデータ収集を行う機会をも頂戴した。今、小学生にとって「キャリア」とは、「働くこと」「仕事」とはどのような問題、テーマ、課題として意識されているのか。保護者の方々にとってどのように受け止められているのか。教育学やキャリア論の座学だけではなく、直接現場に出向いてデータをとり、空気も含めて吸収し、自分たちの問題として考察すること-いわば「SFC的」アプローチによる取り組みを授業では織り交ぜつつ、履修学生には多面的にキャリア学習について分析・考察をしてもらった。
 
何故、小学生にキャリア教育?
 従来、学校教育におけるキャリア教育はほぼ、職業指導や進路指導のことを意味していたと言ってよい。つまり各段階教育修了時の「進学か就職か」という選択の際に行われる指導=キャリア教育であった。中学校では、高等学校への進学率が97.9%という日本の現実を踏まえると、それはほぼ進学先選択の指導であり、高等学校においては就職活動の指導(高校生の就職活動は学校とハローワークが関わるのが原則であり、大学生のそれとは大きく異なる)、もしくは進学指導となる。すなわち、「今の教育課程の次、直後をどうするか」ということがその対象として中心であったし、従って義務教育下の小学生にとっては「どの中学校に行くのか」という選択肢はあるにせよ、「中学進学」という進路以外原則あり得ないため、キャリア教育なる言葉もほぼ、無かったに等しい。
 ところが近年、キャリア教育は必ずしも進路指導の範疇にとどまらない。働くこと、仕事をすること、社会に関わることそのもの、つまり子供たちがいずれ成人し、大人になった時、いかに生きていくか、というより幅広いテーマを取り扱う傾向、つまり就職指導から真の「キャリア教育」への展開である。また、上述の通りほぼ「進学指導」であった中学、さらには小学生においても「キャリア教育」は拡大してきている。
 こうした動きはどのような経緯があったのか、簡単におさえておきたい。平成15年に文部科学省、経済産業省、厚生労働省、内閣府の4府省(後に農林水産省も加わる)によって「若者自立・挑戦プラン」がとりまとめられ、その重要な柱の1つとしてキャリア教育が位置づけられた。キャリア教育の必要性については、平成18年に文部科学省から出された『キャリア教育推進の手引き』に、次のような内容が記されている。
 1つは、学校から社会への移行をめぐる課題として、就職・就業をめぐる環境の激変が挙げられており、学卒就職者への求人状況の変動、求職サイド、求人サイドの希望不適合の拡大、雇用システムそのものの変化といった点への指摘がされている。また、若者自身の資質等をめぐる課題として、勤労観、職業観の未熟さ、社会人・職業人としての基礎的資質・能力の未成熟、社会の一員としての意識の希薄さ、といったことが挙げられている。
 一方、子供たち自身の生活・意識の変容についても、まず子供たちの成長、発達上に関して、身体的な成熟に比べて精神的成熟が遅れ、社会的自立が遅れる傾向にあること、また働くことや生きることへの関心、意欲の低下が懸念されている。
 加えて、高学歴社会におけるモラトリアム傾向として、職業について考えたり選択・決定を先送りにしたりする傾向や、進路意識や目的意識が希薄なまま進学・就職する子供が増加している-こうした社会的背景、課題認識がキャリア教育推進の手引きで、なされている。
 上述のような指摘が果たして、問題、課題の所在として適切かどうかは議論の余地の残るところではあるが、こうした前提のもと文部科学省は学校に求められている課題を「生きる力」の育成であるとした。また「社会人・職業人として自立した社会の形成者を育成するという観点から」、学校の学習と社会とを関連づけた教育/生涯にわたって学び続ける意欲/社会人・職業人としての基礎的な資質・能力、等、「社会」を強く意識した内容を挙げている。
 そして、キャリア教育を推進する上でのポイントとして、「望ましい勤労観、職業観の育成」「小・中・高を通じた組織的・系統的な取り組み」「1人1人の発達に応じた指導」「職場体験・インターンシップ等の充実」という4点を列挙している。
 
多様な参加者・協力者を巻き込むキャリア教育
 上のような話の流れを踏まえると、キャリア教育の担い手は学校単体では対応が難しい。地域の人々、地域の産業、行政機関、保護者、学校同士の連携(小-中-高)など、実に多様な人々の参加を仰ぎ、協力を得ることが必要となる。更に言えば、キャリア教育を充実させるという視点に立てば、学校だけにその任を負わせるのではなく、もっと幅広い担い手、機関、組織がそこに参加する動きが考えられるであろうし、実際に取り組み始めている地域もある。
 一例としては、授業でも講師として出講いただいた京都教育委員会の取り組みは興味深く、先生方の尽力によって京都の地元産業、企業の協力、保護者、地域の大人たちがキャリア教育の担い手となり、「地元の人材を地元で育てる」取り組みを続けている。一方、経済産業省では地域一体となったキャリア教育の取り組みを支援する「繋ぎの役割」として、キャリア教育民間コーディネーターの育成を打ち出している。
 社会が大きく変化し、動き、そして私たち自身も変化している今、キャリア教育、学習もまた動き、変化し、発展していくことになる。「若年者のキャリア学習」ではこのような認識のもと、キャリア教育に関わる多様な参加者の方々からお話をうかがい、まさに今、何が起きているのかを知り、考えることを授業の中心に据えた。彼らのレポートを読んでいると、履修した学生の専門領域は、経営・人事組織もあれば音楽環境に取り組む者、国際協力・開発など実に様々で、彼らなりの視点からこのキャリア学習を見ていたようであった。
 動いているテーマを扱うということは、正解がない、という難しさに取り組むことでもある。今後、社会に出て行く学生たちひとりひとりが、自分の子供、自分の地域の子供たちの教育をそれぞれの立場で考えるための最初の機会となる授業となるよう、今後も取り組んでいきたい。

宮地夕紀子 (みやぢ ゆきこ)
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特別研究講師
慶應義塾大学SFC研究所キャリア・リソース・ラボラトリー上席所員(訪問)
慶應MCCプログラム「キャリアアドバイザー養成講座」講師
1995年慶應義塾大学総合政策学部卒業後、(株)プレスオールタナティブにおいてマイクロビジネスの創業支援活動(教育・融資の審査事務局等)に従事。
その後慶應義塾大学政策メディア研究科で、キャリア自律とこれを高める要因に関する研究を行い、99年に修士課程修了。その後、大学院の研究調査中に存在を知った、米国キャリアアクションセンターで、キャリア支援センターの活動全般や、企業への提供プログラム(キャリア・セルフ・リライアンス)を学び、日本語版の制作、企業でのインハウス研修としての展開に携わる。
2000年のSFC研究所キャリア・リソース・ラボラトリーの設立活動に参加し、現在同研究所研究員。004年から2年間、大学院で臨床心理を学び、心理療法の訓練を受ける。

メルマガ
登録

メルマガ
登録