私をつくった一冊
2022年09月13日
池尾 恭一(慶應義塾大学名誉教授、ヒューマンアカデミー・ビジネススクール顧問)
慶應MCCにご登壇いただいている先生に、影響を受けた・大切にしている一冊をお伺いします。講師プロフィールとはちょっと違った角度から先生方をご紹介します。
- 池尾 恭一(いけお・きょういち)
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- 慶應義塾大学名誉教授
- ヒューマンアカデミー・ビジネススクール顧問
- 慶應MCC担当プログラム
1.私(先生)をつくった一冊をご紹介ください
私が最初に読んだのは、小池和子訳の旧版(1963年)です。
現在販売されているのは、土岐坤訳の新版です。
2.その本には、いつ、どのように出会いましたか?
大学3年次、マーケティングのゼミに入った際、ゼミの先輩に勧められて読みました。それまで何冊かマーケティングの本を読んでいましたが、表面的な理解しかできず、この本を読んでマーケティングとはなにかがつかめたような気がしました。1971年の夏のことです。
3.どのような内容ですか?
著者のセオドア・レビットはハーバード・ビジネススクールの教授で、最も大きな影響を残したマーケティング研究者の一人です。本書はそのレビットの代表作であり、マーケティングの古典です。
本書で著者が主張したいのは、顧客志向と未来志向です。
顧客志向の考え方自体は、1929年に大恐慌が起こってモノが売れなくなって、1930年代には出てきています。しかし、それは顧客ニーズの表面的な把握に過ぎなかった。そうしたなか、レビットは、後に有名になった事例を用いて、顧客ニーズをその背景にまで遡って、あるいはより本源的な水準まで遡って把握すべきことを主張しました。ハリウッドの映画産業は、なぜ1950年代に衰退したのか。それは自らの事業を映画と考えたからだ。なぜ、娯楽と考えなかったのか。鉄道事業は、なぜ自らの事業を輸送と考えなかったのか、といった具合です。
さらにそのニーズを充足する手段として、モノとしての製品だけにこだわらず、製品を含む様々な手段を動員してベネフィットの束を提供し、顧客の問題を解決して、満足を提供すべきだとします。コア・ベネフィットが有形製品の形をとり、さらに様々な要素を含む拡張製品とともに提供され、価値を実現するというわけです。
他方で、未来へ向けて、変化への対応や仕掛けも強調されます。なにが利益を生むかは時代とともに変わっていきます。永遠に成長し続ける事業などあり得ません。顧客のニーズは変わっていき、それを充足するための方法も変わっていく。技術や制度も変わり、それらも顧客ニーズやその充足方法に影響をあたえます。そうした変化に対応し、あるいは変化を仕掛けていくうえで大切なのは、将来を見据えながら、顧客ニーズをその背景、あるいは本源的な水準にまで遡って把握することです。
顧客ニーズを徹底的に遡って解明し、未来志向で対応すべく、多元的なベネフィットの束を用意する、というのが、レビットが考えたマーケティングの姿ではないでしょうか。
4.それは先生にとってどんな出会いでしたか?
マーケティングの勉強を始めた早い段階でこうした考え方に触れ、自分自身のマーケティング理解の出発点にできたことは、やがて研究者になり自分の研究を進めていくうえで、大変プラスになったと思います。
私がマーケティングの勉強を始めた1970年代初頭と現在とでは、マーケティングのあり方は大きく変わりました。それでも、現代のマーケティングを考えるうえで、レビットの顧客志向や未来志向は、拠り所をあたえてくれると思っています。
5.この本をおすすめするとしたら?
マーケティングに携わるあらゆる人にとって参考になるはずです。ただ、入門書とはいいがたいので、初学者は入門書を読んでから、あるいは入門書を読みながら本書を読むと、より効果的でしょう。
また、マーケティングの既に実務に携わられている方々にも大いにおすすめできます。
インターネットの普及やコロナ禍により、マーケティングでは様々な新たな動きがみられます。そうした時期だからこそ、古典に触れる価値は大きいと思います。
- 池尾 恭一(いけお・きょういち)
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- 慶應義塾大学名誉教授
- ヒューマンアカデミー・ビジネススクール顧問
- 慶應MCC担当プログラム
- 1973年慶應義塾大学商学部卒業。慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程、博士課程、関西学院大学商学部専任講師などを経て、1988年慶應義塾大学大学院経営管理研究科助教授、1994年教授。1981年-82年ペンシルバニア州立大学に、1988年ハーバード大学にそれぞれ客員研究員として留学。2005年10月経営管理研究科委員長兼ビジネス・スクール校長に就任(2005-2009年)。明治学院大学経済学部教授(2014-2021年3月)。
- 日本消費者行動研究学会会長、日本商業学会会長、マーケティング・ジャーナル編集委員長などを歴任。商学博士(慶應義塾大学)。ヒューマンアカデミービジネススクール顧問。
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