KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

今月の1冊

2011年02月08日

『空色動画』

著者:片山ユキヲ ; 出版社:講談社 ; 発行年月:2010年6月 ; ISBN:9784334035679 ; 本体価格:533円(税込価格560円)
書籍詳細

突然ですが、皆さんは『学園祭』にどんな思い出がありますか?
私も高校、大学と学園祭には様々な思い出があります。
退学になった先輩のバンドをステージに上げるために、「ひとりだけ幕の裏で演奏してもらう」ことでなんとかライブを実現させた高校2年の生徒会役員の時の思い出。
(もちろん学校に許可など取っていないので、その先輩には体育倉庫に直前まで隠れて貰いました)
大学時代は自分のバンドでステージに上がり、また一方では自主制作映画を上映と、今思うとなかなか忙しい学園祭でした。
こうして思い出すと、やはり学園祭の醍醐味は「観客の立場で楽しく過ごす」だけでなく、「パフォーマーや制作者の立場で成果を披露する」ことにあると思うのです。
それも仲間達と。


ワイワイやりながら、時にはぶつかり合いながらひとつの「何か」を一緒に作りあげる。
それは模擬店でのお好み焼きのようなモノかもしれないし、ライブ演奏のようなサービスかもしれない。また、学園祭全体という仕組みかもしれない。
しかしどれも大切な『コラボレーションの成果』。
いや、成果以上に大切なのが『コラボレーションのプロセス』かもしれません。
その日を目指して共同作業を進める際のワクワク感と不安感、当日の緊張感や高揚感、そして祭の後の達成感や虚無感。
仲間達と共有したすべてのプロセスが宝物だったはずです。
学園祭をクライマックスに設定したドラマや映画が多いのも頷けます。
最近の例では、アニメ『けいおん!!』の最後の学園祭の回はほとんど伝説となっています。
かく言う私も号泣しました(笑)
しかし今回ご紹介したいのは『けいおん!!』ではありません。
『空色動画』という女子高生達が「アニメを作ろう!」と奮闘するマンガです。
「似たようなものだろう!」というツッコミが聞こえてきそうですね(笑)
さて、このマンガは3人の女子高生(高校1年生)を軸に進んでいきます。
アメリカからの帰国子女で、明るく誰とでも仲良くなれ、人を盛り立てる天才のジョン。
パンクバンドのベーシストで、ガラと口は悪いが根はまじめで仲間思いのノンタ。
そして結果的にジョンとノンタをアニメ制作に巻き込む形になったのが、密かな楽しみはイラスト描きとパラパラマンガ作りというヤスキチ。
(もちろん全てニックネームです)
このヤスキチ、外見も目立つ方ではありませんし、あがり症で口べたなこともあり友達もいません。なんといっても特技はほとんど幽体離脱のような現実逃避(笑)
しかしある日、戯れで描いたパラパラマンガ(デフォルメされたノンタの首が飛ぶというなかなかセンセーショナルな内容)がジョンの目にとまり、「メチャ面白いからみんな見ろー!」とクラスのど真ん中に引きずり出されてしまいます。
ジョンに乗せられ、アニメーションの奥深さを語り始めるヤスキチ。そしてみんながアニメーションを、そしてそれを作ることを「面白がりはじめ」ます。
ノンタもハマると一直線ですから、自分の『音楽』という武器も使ってその輪の中心でみんなをドライブします。
そしてクラス全体で学園祭でのアニメーションの上映を目指すことになるのですが、もちろんそこには様々な障害が立ちはだかります。
ノンタとジョンはクラスでも人気者。ヤスキチは劣等感の固まりのような女の子です。
球技大会でも中心の二人はそちらの練習にも全力投球ですから、徐々にヤスキチとの距離も以前のように遠くなりかけます。「今までもひとりだったんだから」と諦めかけるヤスキチでしたが、彼女は気づくのです。
「そっか…絵も好きだけど、私は…ジョンさんとノンタさんが大好きだったんだ…」
ここから彼女は強くなります。
お互いを思いやることで逆に衝突してしまったジョンとノンタを、土砂降りの雨の中で泣きながら「3人いっしょにいようよぅ!」と再び結びつけるのです。
なんという行動力。なんという成長。
仲間とは、そしてコラボレーションによる創作作業とはここまでの力があるのです。
ファシリテーションという観点で見れば、メイン・ファシリテーターは間違いなくジョンです。
ヤスキチの才能を見抜き、明るく強引にクラスメートを巻き込み、大げさにほめて乗せ、全体を盛り上げる中心人物。それも深く考えずに(作品の中でも『天然自己中ガール』と紹介されています)ここまでできるのは、まさに天然ファシリテーターと言えるでしょう。
しかしジョンがクルマのエンジンだとすればヤスキチはドライバーです。ただ一人のアニメーションの専門家として全体を指揮し、前述のように3人の絆の中心にまで成長しました。
高い専門性と人と人を結びつける力。
ヤスキチも立派なファシリテーターです。
もちろんノンタも単なるチームのメンバーではありません。ヤスキチがドライバーでジョンがエンジンならば、ノンタはタイヤです。
彼女たちのアニメは、キャラクターデザインや音楽といった芸術的な部分はノンタに依存しています。彼女なしにはクルマは前に進まないのです。
そのセンスと、全てに全力投球する姿勢を見せることで人を引っ張る。
ノンタもまたファシリテーターのひとつの形と言えるでしょう。
ファシリテーターを船頭にたとえることがありますが、こう考えると「船頭多くして船、山に登る」という諺が当てはまらないケースもあることがわかります。
しかしヤスキチ&ジョン&ノンタというチームが、奇跡の組み合わせであったとは思いません。
考えてみれば、完璧なファシリテーターやリーダーなどいるわけがありません。
であれば、組織に複数のファシリテーターがいたとしても、相互補完さえできていれば船が山に登ることもないはずです。
そう、彼女たちのように「支え合う」ことができれば。
そう考えると、「ファシリテーターとメンバー」という線引きをすることそのものが無意味であり、時と場合によって「全員がファシリテーター役として機能する」チームこそ、コラボレーションが実現できるのではないでしょうか。
ところで、『アニメーション(animation)』の本来の意味をご存じでしょうか。
今でこそ「複数の静止画によって動画を作る技術、およびその動画」と訳されますが、元々”animate”とは「命を吹き込むこと」を意味します。
『空色動画』の彼女たちも単に静止画に命を吹き込み、動かしていたのではありません。
自分達の日常に、無為に日々を送るクラスメート達の日常に命を吹き込んだと言えるでしょう。
さて、あなたはあなたの組織や社会に対して何をファシリテートし、そして何に命を吹き込んでいますか?
(桑畑 幸博)

空色動画』 片山ユキヲ(講談社)

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