今月の1冊
2022年12月13日
『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』『なるほどの対話』
“積読(つんどく)”というのでしょうか。
自宅の本を置くスペースにはいつも良い場所に積んであるのに、最初から最後まできちんと読んだことがない本が数冊あります。
その代表すべき本が今回ご紹介する2冊。
いずれも、かれこれ10年近くは“良い場所に積んである”のですが、読み切るというより、思いついた時にパラパラとページをめくり、気になる箇所を読んでは止まり読んでは止まりを繰り返し、自分のなかで噛み締め、また元あるスペースに戻しておく本なのです。
読み切ってしまうことがもったいなく感じる、目ではサラッと追えるものの、書いてある一行一行、対談にて話している一言一言がいずれも重みのあることばかりで、立ち止まり味わいたい2冊と言えましょう。
河合隼雄さんは、ご存知の通り心理学者。
日本におけるユング派心理学の第一人者であり、日本でユング派心理学療法の1つである“箱庭療法”が広く知られるようになったのも河合先生の功績であると言われています。
2002年から他界される2007年直前まで文化庁長官もお務めになり、日本を代表する文化功労者でいらっしゃいます。
河合先生の著書はこの他にも本棚にあるのですが、特にこの2冊は私にとって特別、日本を代表する作家 村上春樹さん、吉本ばななさんと河合先生との対談は、まさに心のスペシャリストと書くスペシャリストのやり取りであり、それぞれの思考の旅、言葉の選び方、さらに相手からそれらを引き出す力に唸ってしまうのです。
河合さんと差し向かいで話をして僕がいつも感心するのは、彼が決して自分の考えで相手を動かそうとしないところである。(中略)相手の動きに合わせて、自分の位置を少しずつシフトさせていく。(中略)それでいて結果的に、自然な思考水路のいくつかの可能性を示唆して、その行き先を僕自身に見つけさせようとする。
出典:『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』前書き
河合:「対談」ということでいえば、僕は半分、商売でやっているようなものなんです、対談を(笑)。
面白くない人とは、あんまりしません。面白くないと思ったら上手に断って。
それでも、僕の対談集をご覧になられたらわかると思うけれど、聞く側にまわっていることが多いと思います。でも、ばななさんとの場合は、わりとしゃべってますね。面白いね。
出典:『なるほどの対話』仕事のこと、時代のこと、これからの二人のこと
これぞ、心のスペシャリストである河合先生の真骨頂なのでしょう。目の前の人がいまどこにいるのか、何を考えているのかを眺め、相手に合わせながらも、入り過ぎることなく、一定の距離を保ちながら相手とシンクロしていくような感じ。でも、河合先生のなんでも楽しもうとされる好奇心の強さ、屈託のないお人柄が一言一言ににじみ出ているのです。
『なるほどの対話』の表紙は、古民家のような和室で、河合先生と吉本ばななさんが火鉢を囲みお餅を焼きながら、お二人とも満面の笑みでさぞ楽しい時間であろうことが映し出されています。「なるほど、なるほど」という声とともに、お二人の笑い声が聞こえてきそうな、かっこつけていない超自然な笑顔が読者私たちまで呼び込んでくれそうなのです。
最近、多様性の時代ということもあり、職場の人間関係において「シンパシー(同感)」と「エンパシー(共感)」が注目されています。
違いを明確にすることは難しい概念かもしれませんが、あえて簡単に申し上げると、「シンパシー」は共鳴する相手への同情、相手の感情に同調する、「エンパシー」は相手が誰であれどのような立場であれ、相手の立場に立って意思や感情を理解し相手が感じたり考えたりしていることを共に感じる、といった違いでしょうか。
シンパシーが純粋に心の動きからくるもの、エンパシーはまずは頭で考えて行動へと落とし込んでいくもの、と言ったほうが良いかもしれません。
さまざまな人が働くうえで、特にマネジメントにはエンパシーを持つことが大切であること、多々言われています。
私などはよくマネジメントをするうえで
「保谷さんはシンパシーに寄り過ぎるきらいがあるから、エンパシーを意識したほうがいいのでは」とアドバイスを頂くこともあります。
ただ、シンパシーとエンパシーは使い分けるものなのか、自分事で考えると正直わからなくなってしまうのです。
河合先生にお会いしていると、なんとも言えなく頼もしく心強いだけではなく、何かのプロに接しているというぴりっとした厳しさをひしひしと感じます。
ネイティブ・アメリカンの村で何よりも敬われる「歳をとった人」みたいです。(中略)
河合先生は、いつでも、隙がないのに暖かく、力強い。
出典:『なるほどの対話』吉本ばななさんから河合隼雄さんへ
吉本ばななさんのこの一文に、河合隼雄さんの姿がまさに描き出されているように思います。河合先生は、何も発せずともそこにいらっしゃるだけで、大きく包み込む暖かさとともに良い意味で緊張感ある空気も醸し出し、互いに委ね過ぎることなくその場を共に創っていこうという気持ちにさせるように思うのです。
当時はシンパシーやエンパシーが着目されてはいませんが、河合先生は使い分けるのではなく両者をあわせ持ちながら、社会に個人に、さらに目の前にいる人に関心を向け、耳を傾け、思考の幅が広がるよう大きな姿勢でいることが伝わってきます。
河合先生は、吉本さんからの人物評に、 “ええ加減の人間”、“「これが好き」というのがあまりないが、そのときの状況によって、好きになったり嫌いになったりするので、始末におえない”と、謙遜も含めつつでしょうか、ご自分のことを力を入れずに語っていらっしゃいます。
この2冊の対談集では、人の話を聴くプロフェッショナルと言葉のプロフェッショナルが
お互いの専門分野、政治、歴史、宗教、戦争、家族、結婚、生き方・・・とこれでもかというほど多岐にわたり語り合っています。通常は、相手の話を引き出す河合先生がいろいろと語っているのが面白いのですが、受け答えが微妙にずれ始めると本題へとさりげなく戻していく親鳥のような優しさを感じることができるのです。
さらに、両書からは、小説でもカウンセリングでもしばしば起きる、目の前を通り過ぎようとする偶然に気づくか気づかないか「偶然にアクセスする技術」を教えてくれます。それはYESと言ってもNOと言っても立ち行かない時にこそ試されるのかもしれません。その時に大切なことは、深いところに自分自身が、さらには相手と一緒に降りて行く覚悟。「掘る」という言葉で何度となく登場し、人生の物語を導くことを語っています。
私がこの2冊をずっとそばに置いている理由の1つに、どのページも開く度に、私自身もまたそれぞれの対談のなかにいつでも入っていることを味わいたいからだと思います。
河合先生の鷹揚で屈託ないお人柄とともに相手に真摯に向き合い解きほぐしていく姿、村上春樹さん、吉本ばななさんの河合先生の前では純粋に思考の旅を楽しみながら、言葉を紡ぎ物語を創っていく姿。それぞれのプロフェッショナルとしての姿を味わい、読み手の私もちょっぴり仲間に入れて頂くような気持ちでこれからも読み続けるのでしょう。
今後もこの2冊が私の“積読”として置かれていることは間違いありません。
(保谷範子)
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