今月の1冊
2023年02月14日
若松 英輔『本を読めなくなった人のための読書論』
箱根駅伝というのは不思議なもので、夏の甲子園と同じように郷土愛や愛校心が大いに刺激されるイベントなのではないでしょうか。今年は私の母校が往路復路ともに調子が良く、高校の(随分と遠い)後輩が力走していたこともあり、2日間を通じて熱心に観ておりました。
そして無事に全チームのゴールを見届けるとこれまた甲子園と同じように、もうすぐ休みもおしまいか…と若干サザエさん症候群の様な心持ちになりながらしばらく物思いに耽るのでした。
“住宅ローン変動金利の動向”や“子供の通う小学校統廃合の影響”など、考えても仕方のないようなあれこれが頭に浮かんでは消える中、ふと「最近あまり本を読んでいない」ということに気がつきました。
ちょうどその前に、『日本人の47%は月に1冊も本を読まない』という雑誌記事を読んでいたせいもあるかもしれません。これは平成30年に行われた文化庁の調査を元にした記事だそうですが、16歳以上の国民ほぼ2人に1人が全く読書をしないというのは、少し驚きの数字ではないでしょうか。
ところがです。私は職業柄本を読むことも多いのですが、12月からの1か月に関して言えば、見事にその47%の中に入ってしまっていました。
もっと言えば、最近の読書は専ら必要に駆られてのものばかりです。能動的に楽しんで本を選んだり読んだりしたのはいつが最後だっただろうかと自問してみましたが、それもなかなか思い出せませんでした。
日本人の47%は月に1冊も本を読まない、社会人の46%は社外で勉強しない…日本のITスキルが他国より低い“納得の理由”(週刊文春オンライン22/12/22)
https://bunshun.jp/articles/-/59538
平成30年度「国語に関する世論調査」
https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/kokugo_yoronchosa/pdf/r1393038_02.pdf
不思議なもので、それに気が付いてしまうと何やら後ろめたさの様なものを感じどうにも落ち着きません。久しぶりに目当ての本もなく向かった書店で出会ったのがこの本でした。
NHK『100分de名著』でもおなじみの若松英輔さんのこの本。いわゆる読書法の本とは異なります。それを一番感じたのは“本が読めないときは無理をして読まなくて良い”という言葉でした。
世の中、いかに本を効率的・効果的に読むかといった内容は沢山ありますが、若松さんは『読む』という行為とは本質的にどういうものなのか?といった内容にまで踏み込んで考えていらっしゃいます。
『本を読む』とはいったいどういうことなのか。一般的には新しい知識に出会ったり、吸収するための行為という認識の方が多いのかと思います。私も御多分に洩れずこの認識でしたので、その場合は「より速く・より効率的に・より沢山」の本を読むことがいわゆる「正しい読書」ということになるでしょうか。
ところが、若松さんの解釈は異なり、読書とは本との対話であるとこの本の冒頭で断言されています。決して知識を蓄えるためだけのものではなく、正解もなく、効率性のために行う事前準備はしばしば対話の邪魔をする。これは、私にとって少し驚きの内容でした。
「効率」という考え方を忘れ、読む人が心を開いたとき、書物もまた、何かを語り始めるのです。
この一文に惹かれ読み進める中で、久しぶりに夢中で本を読むという体験が出来たのでした。
この本を読み終えて思ったことは、まさにタイトルの通り「本が読めなくなっている時期の方にこそ、是非手に取って近くに置いていただきたい」ということでした。
先の調査に戻れば、本を読まない47%の方も生涯を通じて本を読まないという人はそう多くないのではないかと思います。仕事や生活に追われる中で、そうした時間が持てなくなってしまっているケースも多いのではないでしょうか。
“読めない時期にも意味があること“
“生活のための読書ではなく、人生のための読書”
そうした考え方に触れさせてくれる本書を読んだ後は、本が読めない時期に無理やり「より速く・より効率的に・より沢山」といった「正しい読書」をしようとしても、かえって本との対話からは遠ざかってしまう様に思えました。ですので、この本を読んでくださいというご紹介ではなく、近くに置いておいていただきたいという薦め方をさせていただきます。
思い返してみれば、人生で最も本を読んでいたのは高校生~大学生の間であったように感じています。部活動の帰りや授業のコマが空いた時間などは、書店や図書館に入り浸っていたものでした。
特に高校生の頃などはお金もありませんでしたので、本を買うにも中古書店が多く、好きな著者の新刊などは古本として棚に並ぶまで随分待つこともザラにありましたが、そうした時間さえ楽しめるほどに読書に前向きだった様に思います。
今の私にそこまでの時間はありませんし、きっと同じ本を読んでも感じることは当時と全く違うのでしょう。ただ、その時々における本との対話はきっと楽しめるはずです。
最近、また足を運び始めた書店で高校生の当時から読んでいたシリーズものの小説が、なんと16年の歳月を経て2020年に完結していたことを知りました。新卒で入社した頃、シリーズとしては中盤~後半に差し掛かるあたりで離脱してしまったのですが、読み始めた当時は少し年上だった主人公達も、今や彼らの両親に親近感を覚える位の年下になっています。
「今の私であれば、彼らとどんな対話が出来るだろうか」とそんなことを楽しみにしながら、離脱から10年以上の時を経てシリーズの1冊目から順番に読み直しているのでした。
(石井雄輝)
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