今月の1冊
2023年03月15日
ミン・ゾン『アリババ 世界最強のスマートビジネス』
アリババは世界最大の流通総額を持つ、リテール・コマースカンパニーである。複数のeコマースサイトを始めとして、クラウドコンピューティング、デジタル・エンターテインメントなど幅広い領域でサービスを提供している。一見すると中国版Amazonと思われがちだが、実はビジネスモデルは異なっている。
Amazonが自社でバリューチェーンを構築し、競合を淘汰し市場を独占していくのに対し、アリババは中国の中小企業を淘汰せず、むしろ彼らを支援し、ビジネスを営むための土台を提供することにより、中国の小売業を変革してきた。
新たなテクノロジーを使って必要なプレーヤーをすべて結び、産業の在り方を変える戦略を、著者は「スマートビジネス」と呼んでいる。「スマートビジネス」はネットワーク・コーディネーション(※1)とデータインテリジェンス(※2)の二つの相互作用から成る。これにより、バリューチェーン全体を再構築し、大規模化とカスタマイズを同時に実現することができるという。
※1 一つの業務を遂行するため、複数のプレーヤーの同時並行的なやりとりを、ほぼ自動で管理すること(P52)
※2 消費者の活動や反応に従って適切なプロダクトやサービスを生み出していく能力(P40)
本書では、アリババや関連企業を事例にとりながら、中国の企業がいかにスマート化されてきたかが詳細に紹介されている。ここでは、アパレル産業を中心にスマートビジネスの効果や日本での実現可否を考えたい。
真の顧客第一主義を実現する!?C2Bモデル
アリババもAmazonも「顧客第一主義」を掲げている。むしろ「顧客第一」を謳わない企業は稀であるが、著者は従来型の顧客第一主義について、“顧客調査や市場調査によって顧客の求めるものを推測し、広告やマーケティングで彼らが望んでいた商品だと説得して販売チャネルに押し込む”(P150)というように、結局は「会社第一」の構造だと述べている。
著者は、中国のスマートビジネスモデルで実現したC2B(Customer to Business)のモデルこそが、今後企業の目指すべき姿であるという。
中でも、アリババが運営するB2C市場「タオバオ」で中国最大級の成功を収めるウェブセレブ(ソーシャルメディア・インフルエンサー)企業「ビッグE」の事例が特徴的だ。ビッグEは誰もが憧れる元モデルで、ウェイボー(中国版SNS)で常に発信している。
“ファンがセレブと交流すると、そのファンのアクションによってフィードバックループが稼働し、それはウェブセレブが商品のデザインや生産量を決定するのに役立つ。(中略)コメントや議論、消費者の考え方や選好に関する情報が徐々に蓄積されていったものがブランドとなる。この貴重なコンテンツは、従来は市場調査によって間接的にしか得られなかったものだ。それが今ではソーシャルプラットフォームで常にリアルタイムに生成され、記録される。“(P131~132)
日本でも購買履歴に基づいたおすすめ商品が表示されるような機能は一般的だが、中国では川上のデザインや製造プロセスまでもが消費者の需要とリアルタイムに結びついており、レベルの違いを感じる。
次に、タオバオで開催される熱狂的なファンが集う「フラッシュセール」の例を紹介する。
“フラッシュセールでは常に在庫を上回る量が販売される。セールの直前あるいはセール中に、ルーハンは製造パートナーに販売量を通知する。するとパートナーは消費者が要求する量の衣料品の製造を即座に開始する。商品は数日のうちに出荷される。またオンデマンドで製造されるため、余剰在庫はほとんど存在しない。”(P130)
最初の在庫数量は抑え、一度完売した後、受注生産のようなスタイルをとっている。驚くべきは、商品が注文から数日のうちに出荷されることだ。通常はファストファッションのグローバルリーダー企業でも、一ロットの商品の製造を終えるのに最低2~3カ月はかかるという。
この高速生産を実現したのが、パートナー工場とのネットワーク構築だ。ビッグEのマーケティングや製造管理を手掛ける企業「ルーハン」は、衣料品製造のプロセスを段階ごとにモジュール化し、工場の活動を一括して管理できるサービス型ソフトウェア(SaaS)プラットフォームの構築を行った。すると、パートナー工場が自ら、より小規模な工場や工房と自律的に調整を行うようになり、急激な需要の変動に対処できる生産体制が確立した。(P139)
ここまでに登場したように、プラットフォーム型ビジネスに参画する企業には「面」「線」「点」の3つのポジションがある。(第6章)
面:プラットフォーム ex.タオバオ
線:ネットワークの中で商品やサービスを生み出す ex.ビッグE・ルーハン
点:明確な機能を専門的に担う ex. デザイナー・小規模工場
個々のプレーヤーの成功は他のプレーヤーにかかっており、三者は相互に依存し協力しながらエコシステムを築いている。これが「スマートビジネス」であり、冒頭に述べたように、市場を独占するAmazonとは違ったビジネスモデルであることが納得できる。
日本でもスマートビジネスは実現できるか?
アパレル産業は、過剰な在庫と販売機会損失という相反するリスクを長年抱えてきた。ルーハンの例はこの問題を解決する革新的なビジネスモデルである。これは日本でも真似できるだろうか?
「イノベーションは辺境で生まれる」とよく言われるが、中国がビジネスのあり方に根本的変革をもたらせたのは、ビジネスインフラが貧弱で未熟だったという背景がある。
また、アリババは膨大な取引量から得られる膨大なデータがあるからこそデータインテリジェンスを活用し成功できた。
日本企業で利用される消費者の情報は、自社会員/WEBの情報、共通ポイントやモバイル決済データ(各社が群雄割拠している)、位置情報などが考えられるが、いずれもアリババに匹敵するほどの膨大なデータの収集は現状難しい。
そんな中、ファーストリテイリングは「情報製造小売業」のビジョンを打ち出した。顧客の声からの商品化のほか、AIを活用した需要予測と、アルゴリズムを活用した販売・生産・在庫の計画連動、物流のリードタイム短縮に取り組んでおり、DX化を図っている。(※3)
データ活用の点でどの程度C2Bモデルが実現できるのかは未知数だが、資産として約4.5ヶ月分もの在庫を抱える同社における「必要なタイミングで、必要な分だけ、作り・運び・販売するSCM(サプライ・チェーン・マネジメント)」の取り組みは、SDGsの観点を踏まえても評価できるだろう。
日本のアパレル各社でもデジタル採寸や店舗とECサイトとの連動など、さまざまなDXの取り組みが見られるようになったが、過剰在庫と販売機会損失という産業全体の問題を解決すべく、効率的なSCMが波及されることを期待したい。
新時代の組織のあり方とは?
第7章からは、アリババを例に新時代の組織のあり方について述べられている。戦略や組織は、外部データに基づいて自動的にアップデートされるべきだという。それを聞くと、人間の意思決定よりデータを優先させるような印象を抱いてしまうが、読み進めると実際には自律的に学び動きイノベーションを起こす社員を大切にしていることがわかった。
本書では、スマートビジネスにおけるマネジメントの役割についても解説されており、イノベーションを生む組織開発に興味がある方にもおすすめの一冊である。
“イノベーションとクリエイティビティは組織の成長と発展に不可欠な、人間にしかできないインプットだ。”(P214)
※3 参考:有明プロジェクトについて~“情報製造小売業”の実現に向けて~
(竹内菜緒)
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