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今月の1冊

2023年04月11日

洋介犬『反逆コメンテーターエンドウさん』

反逆コメンテーターエンドウさん
著:洋介犬 ; 出版社:KADOKAWA; 発行年月:2022年4月; 本体価格:700円

「くらしのマーケットの意識調査によれば、『自分は家事をちゃんとやっている』と答えた夫の割合か60%なのに対して、『夫は家事をちゃんとやっている』と答えた妻は40%しかいませんでした」
「やはり男女の意識には乖離がありますねえ」

先日娘と何気なく見ていたテレビで、こんなやり取りがありました。

私が「家事は『する』ものじゃなくて『手伝う』もの、って意識の男って、まだまだ多いのも事実だしねえ」と言うと、娘はこう言いました。

「でも、意識の差ってそんなに重要なのかなあ」
「どゆこと?」
「重要なのは『やる』ことで、多少それが足りてなくても助かるのは確かでしょ?」
「まあそうだけど、やっぱり理想としては…」
「その『理想的な夫』と『ダメな夫』に二分するのがオカシイのよ。『理想じゃないけど許容範囲の夫』もたくさんいるはずだし」

…親馬鹿ではありますが、「アタマいいなこいつ」と思ってしまいました。

さて、本日私が紹介したいのは『反逆コメンテーターエンドウさん』というマンガです。

作者である洋介犬(ようすけん)氏は、ギャグ漫画タッチの作風ながら日常の狂気を描いたサイコホラー系や不条理系を得意としています。
主にネットを通じてハイペースで作品を量産しており、私も後味の悪さを含めてその独特のセンスに注目し、フォローしています。

そんな氏の描く『反逆コメンテーターエンドウさん』、主役はタイトル通りテレビでコメンテーターを務めるエンドウさんです。

この作品から私が受け取ったメッセージは、

情報に振り回されたり鵜呑みにするのでなく、自分のアタマで考えろ。

です。

エンドウさんはコメンテーターでありながら、テレビ局が期待するコメントを次々に裏切っていきます。

討論番組のワンシーン。
「あの提案にも見るべき点はあったはすで…」という意見に対して司会者が「ちょ!ちょ…!それは絶対に違う!」と否定します。
しかし「あの提案は全て間違っていたと私は断言できます」という意見には「それは間違いない!」と言った司会者の「さて次、ズバリ!『今の日本!『こんなものいらない』!」というフリに対して「中立じゃない司会がいらない」とエンドウさんは答えます。

またある時は番組内でこんなやり取りも行っています。

司会者:「…と私は思うのですがエンドウさん、政府は国民の総意に耳を傾けるべきではないでしょうか?」
エンドウさん:「あれ? あなた今、自分の意見を国民の総意ってことにさらっとすり替えたよね?」
司会者:「いやしかしですね、先ほどの『まちのこえ』でも…」
エンドウさん:「ああ、さっきの… 仕込み役者と都合のいい編集を使った『まげたこえ』ね」

…これらのやり取り、一見すると「メディア批判/マスコミ批判」のように見えますが、エンドウさんは、そして作者は単にそれがやりたいのではありません。

先に述べた「情報に振り回されたり鵜呑みにするのでなく、自分のアタマで考えろ」、さらに抽象化すれば「思考停止するな」がメッセージだと思うのです。

冒頭でご紹介した私と娘のやり取りを思い出してください。

「許容範囲の夫」のような他の選択肢もあるはずなのに、「理想的な夫」と「ダメな夫」の二択を提示する。これは典型的な『誤った二分法』と呼ばれる非論理的誤謬の一種です。

上司が部下に「ここで死ぬ気で頑張って成果を上げるか、それとも今のままの姿勢でダメ社員になるか、どちらが良い?」と説教するのも、今のままの姿勢で成果を上げるという選択肢を排除した、誤った二分法です。

しかし私たちは自分の意見を押し通すためにこの屁理屈を使ったり、また反対にこの卑怯な論法で選択肢を狭められ、意に沿わない主張に従わされています。

世の中は○か×か、AかBか、そんなに単純に決められるものばかりではありません。ある意見に対して「賛成はできないけど気持ちはわかる」とか、芸人のギャグに対して「確かに今の常識だとアウトだけど、面白いから否定はできない」というのもあるはずです。
あえてグレーゾーンや他の選択肢を無視して「さあどっち」と迫ったり「君はこちらのタイプだ」と断じるのは、相手を追い込み、思い通りにコントロールしようとしている。そう考えるべきです。

ちなみに「私と仕事、どっちが大事なの?」という問いも、誤った二分法ですね(笑)

マンガの中の「中立じゃない司会がいらない」とエンドウさんが言い放った(実際にはフリップを示したのですが)ワンシーンも、テレビの中の話だけではなく、ビジネスにおける会議でもしばしば見られます。

場の空気は司会者(ファシリテーター)がいかようにでもコントロールできます。
しかし私たちは思考停止し、あるいは場に波風を立たせないように気を遣って結果的にその空気に流されてしまいがちです。

だからこそ「意図的なファシリテーション」を見抜き、時にはその空気に逆らう、それこそが「正しい議論」だと思うのです。

また、「ああ、さっきの… 仕込み役者と都合のいい編集を使った『まげたこえ』ね」というエンドウさんの痛烈な皮肉も私たちは心に刻むべきです。

個人的な意見を「みんな言ってる(マンガでは「国民の総意」)」とすり替えることで説得しようとする。これは『多数論証』と呼ばれる詭弁の一種です。

しかし私たち(特に日本人)は少数派であることを嫌い、「長いものには巻かれろ」や「勝ち馬に乗る」といったことわざもあるように、多数論証をすんなりと受け入れてしまいがちです。そう、私たちは「数の論理」に弱いのです。

さらに言えば、エンドウさんが指摘したように街頭インタビューの「多様な声」の中からテレビ局にとって都合の良い声だけをピックアップ(編集)して「ほらみんな言ってる」と主張するのは『チェリーピッキング』と呼ばれる詭弁です。

要するに「結論ありきで都合のいい情報だけ挙げる」やり口で、これまたテレビをはじめとした多くのメディアの常套手段ですが、私たちの日常でもよく使われています。

営業がお客さんに対して競合他社との比較表を作って自社製品の優位性を説明する際、自社が勝っている項目のみで比較表を作るのも、自分の主張を説明する際に、賛成してくれた人の声だけを紹介して「AさんもBさんもこのように賛成しています」と言うのも、同じチェリーピッキングです。

『反逆コメンテーターエンドウさん』は、私たちが流されてしまいそうな情報の波に対して、「それオカシイよね?」と疑問を呈してくれます。

エンドウさんは「情報に振り回されたり鵜呑みにするのでなく、自分のアタマで考える」という姿勢を暴漢に襲われても貫きます。

しかしそんな真っ直ぐなエンドウさんですが、リスクもまた見えてきています。

それは「エンドウさんが言っているのだから」という社会の目。「歯に衣着せぬ正論を吐く論客」という肩書きが付くことのリスクです。
これは「社長が言っているのだから正しい」といった主張と同じ『権威論証』と呼ばれる詭弁に繋がりやすいのです。

作中でも、「局はなんで自分たちに都合の悪いエンドウさんを起用し続けるのか?」というADの質問に、番組のディレクターは「なんだかんだ言って視聴率が取れるから」と答えた後にこう付け加えます。

「-ということにしておけ」

(桑畑幸博)

反逆コメンテーターエンドウさん
著:洋介犬 ; 出版社:KADOKAWA; 発行年月:2022年4月; 本体価格:700円
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