夕学レポート
2006年06月15日
「大地のメッセージを読む」 中沢新一さん
中沢新一さんは甲州の出身です。信州・甲州は八ヶ岳を中心に花開いた東日本の縄文文化の痕跡が色濃く残っている地域だそうです。地表のすぐ近くから縄文土器の破片が出てきたり、小高い丘にある神社が実は古墳の上に立てられていたり、境内の末社の片隅にある石の祠に石棒が祀られていたりするそんな土地柄・風土の影響もあって、幼いころから、大地や習俗に埋め込まれた僅かな残滓から、縄文文化の息づかいを読み解く術を身につけてきたかもしれないと言います。
その中沢さんが、縄文地図を片手に、東京の街に残された縄文の残香を辿る散策の記録が「アースダイバー」という本です。それは期せずして、現代と四千年前の“繋がり”を見つけ出すためイマジネーションの旅のガイドブックになりました。
中沢さんは「東京は坂と谷でできた街だ」と言います。坂の上の台地には、お洒落なレストランやブティック、瀟洒な邸宅が並びます。ところが台地から下る坂道や谷間には60年代の風情を残す庶民の暮らしが隣接しています。地層的には、坂の上の台地は洪積台地に、谷間は沖積低地に重なり、縄文海進期には海と陸地に隔てられていたとのこと。縄文時代の東京地図をみると、この町が、まるで脳内写真のように海と陸が複雑に入り組んだフィヨルド状の地形で、あったことがよくわかります。
海と陸の境界域、特に台地が海に張り出し岬の部分は、古代人にとっては母なる海を臨む重要な宗教的スポットで遺跡や古墳・埋葬地が作られた場所でした。東京でいえば、上野、本郷・湯島、芝・三田などがその場所にあたるそうです。そして、不思議なことに古代の聖なる地には、近世になってから寛永寺や湯島聖堂、増上寺といった大寺社が建てられ、近代以降には、東大や慶應、東京タワーなどのシンボリックな施設や建造物が造られました。一方で聖地の近く、海に入り込む坂道には、遊郭からラブホテル街へと系譜を継ぐ風俗世界が構成されてきました。
中沢さんは、これらの建物や地域特性は、偶然そこに生まれたものではなく、人類の無意識の精神活動が作用した必然だったと考えているそうです。東京タワーを建てようと考えた人々は、文化人類学的な見地から芝地区を選んだわけではないにしても、本人達も気づかない無意識の力、何千年もの時を経て受け継がれてきた遺伝子的記憶の所産として、縄文の聖地を選んでいたというわけです。
中沢さんは、ゴジラやモスラといった怪獣映画の状況設定にも、無意識の力の働きを感じるそうです。南洋の島で生まれたゴジラが東京上陸を目指す物語設定も、モスラが東京タワーに繭をかけるシーンも、縄文の精神構造に原形が存在すると見ています。
かつて、南の島から海を渡って日本列島にたどり着いた我らが祖先が、陸地の突端に設けられた聖地から海の彼方を見つめ、そこに魂の源郷があると信じた聖なる意識は、数千年の時を経て、私たち子孫の深層心理にしっかりと根を張り、無意識の力を作用しているのかもしれません。
ともすれば無機質な未来都市の代表選手として語られることが多い東京ですが、実は人間の野生的な精神世界をしっかり受け継いだ、血の臭いに満ちた人間的な街といえるのかもしれません。
中沢さんが現在取り組んでいるのは「大阪アースダイバー」だそうです。こちらは見方によっては、東京以上にディープな旅だとか。乞うご期待です。
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