KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

夕学レポート

2006年06月19日

「進化する経営」 北尾吉孝さん

北尾さんにご登壇いただくにあたっては、日本商工経済研究所の松尾康男さんと明治キャピタルの久村泰弘さんにご仲介をいただきました。松尾さんは、慶應MCCのヘビーーユーザーのお一人で、この2年ほど、夕学はもちろんのこと、メインキャンパスのプログラムにも継続して参加していただいています。松尾さん、久村さん、そして北尾さんは慶應経済学部出身で、同じゼミで学んだ同期だそうです。そのお話を松尾さんからお聞きして「なんとかお願いします!」と無理を言いました。松尾さん、久村さんありがとうございました。
北尾さんをお呼びしたいと思った理由のひとつは、昨年秋に「企業価値」の考え方を修正されたと聞いていたことにあります。そしてきょうの講演は、まさにその話からはじまりました。


北尾さんは、97年に書いた『価値創造の経営』という本の中で、「企業価値=株式の時価総額+総負債額」という概念を紹介されました。いまでこそコーポレイトファイナンスの基本理論として広く知れ渡った概念ですが、その当時、株主中心主義を前面に打ち出したこの考え方を口にする経営者や実務家はほとんど存在しなかったと言います。この考え方をベースにした「時価総額第一主義」は90年代末のソフトバンク拡大戦略の基本概念でもありました。99年、300億円の資本を孫正義さんから預かって、北尾さんがスタートさせたSBIは、「ネットと金融の融合」時代を見据えたベンチャーファンドでした。SBIが直接投資したか否かは別として、同時期に一斉に生まれたネットベンチャーや金融ベンチャーの多くは、株主中心主義を前提に企業価値の創造を目指したものでした。
その潮流の中心にいた北尾さんが、いち早く「自らの考え方を修正する」と言明し、新たな企業価値の考え方を提唱する迅速な行動力に、潮目を読み切った勝負師が見せるある種の凄みのようなものを感じます。北尾さんによれば、SBIの成長の源泉は、ベンチャーファンドとして、「投資を通して投資先から学ぶ」学習サイクルを持っていることだと言います。投資先の何が上手くいったのか、どこが失敗したのかを冷静に分析したうえで、そのノウハウを自分達の企業グループに注入することで飛躍的な成長が可能になったとのこと。だとすれば、同じように「ネットと金融の融合」を目指しながら、マスコミを賑わせ続けたあげくに高転びした若いライバル企業や経営者達の姿を冷徹に見切って、大胆に軌道修正することも学習サイクルの一環といえるでしょう。
北尾さんが現在提唱している企業価値は「顧客価値・株主価値・人材価値の総和」だそうです。企業の所有者である株主に帰属する価値のみならず、顧客や従業員など企業のステークホルダーが創出する所産を含めて企業の価値を考えるべきだということでしょうか。北尾さんが言うからこそ意義がある概念かもしれません。
また、SBIグループが標榜する金融コングロマリット構想も、実は世界の金融業界では失敗例の方が多いと言われています。シティーグループに代表されるように、むしろ統合から分化にベクトルが向かっています。一般論では、シナジー効果よりも巨大化ゆえの非効率性が大きいことが分かったからだとされています。ところがSBIは見事にその常識を覆しています。『進化し続ける経営』を読むと北尾さんもコングロマリットの有効性については、かなり思索を巡らせたようで、講演の中で盛んに出てきた「企業生態系」という概念は、単なる統合ではなく、個々の活力を活かしつつシナジーを作りだすことがこそがKFSだと考える北尾さんの基本思想が色濃く反映された言葉だと思います。
他者の成功・失敗に学び、その要因を自身の思想に照らして調整することで、より強固な信念をつくりだせる人だと強く思いました。

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