夕学レポート
2006年10月17日
「商人の道」 伊藤雅俊さん&佐山展生さん
日本有数の流通業セブン&アイグループの創業者であり、いまでは数が少なくなった戦後起業家の一人として存在感を放つ伊藤雅俊さんと、M&Aの専門家として、いまをときめく佐山展生さん。一見接点がないように見えるお二人ですが、実は互いを良く知る間柄です。
聞けば、昨今のM&A動向に関心を持った伊藤会長が、佐山先生に連絡をされて、何度か個人レクチャーをお願いしたことがきっかけだったとか。
きょうも開始前の控え室では、メモ帳を片手に、矢継ぎ早に質問を繰り返す伊藤会長の姿がありました。82歳の今も旺盛な知識欲を失わずに勉強を続ける伊藤会長の姿に頭が下がります。
また30歳近くも年齢の違う経営の大先輩に対して、まったく臆することなく自分の考えを述べる佐山先生にも自信が漲っていました。「経営にもっとも大切なのはハートである」という点で両者の意見が一致したところで、対談開始の時間になりました。
イトーヨーカドーの嚆矢が、戦後まもなく千住に開いた2坪の洋品店だったというのは有名な話ですが、伊藤さんの著書『商いのこころ』を読むとその前身もあるようです。
商家の生まれで、利発・勝ち気であったお母さんは、伊藤さんが生まれた頃には、武蔵小山で乾物屋を営んでいました。当時の商店は「家業」の時代ですから、年季奉公で働く住み込みの「小僧さん・女中さん」を使い、忙しく商売に励む日々だったようです。
当時は全国の至るところにあったであろう、そんなお店を、お母さん、お兄さん、伊藤さん、鈴木さんと経営のバトンを引き継ぎながら大きく発展させ、いまでは6兆円の売上規模を誇る大企業グループに育て上げました。
今年82歳になる伊藤さんの人生は、日本の小売業の歴史でもあるわけです。
そんな伊藤さんが「商売の鉄則」として確信し、いまも事あるごとに説いているのが「基本を着実に実行すること、お客様の変化をよく見極め素早く対応すること」の2点だそうです。
きょうの講演でも繰り返し、このお話が出てきました。
対談をお聞きし、ヨーカドーの歴史に重ねて考えると、この鉄則は、伊藤さんの人生の鉄則でもあることがよくわかります。
どんなに儲かっても一過性の安易な商売には手を出さない、土地の含みに頼らない、いたずらな規模の拡大に走らない、本業をより強くするためのあくなき工夫を何よりも大切にする、といった基本に忠実な経営が、セブン&アイグループの組織的遺伝子を作りました。
その一方で、デニーズ、セブンイレブン、IY銀行といった新業態を着実に成功させてきた過程では、自身を「変化対応業」と呼ぶ、良い意味での融通無碍な位置取りが効を奏してきました。
「派手な花火は打ち上げないけれども、始めたことは必ず成功する」そんな感じでしょうか。
対談の中では出ませんでしたが、著書を読むと、伊藤さんは、いまのご自身の立場を「経営の重石」になることだと定めているそうです。
私欲を戒め、おごりを叱り、倫理を尊び、長い目で人と企業を育てることを口を酸っぱくして、何度も語り続けることが重石たる所以です。
戦後起業家が次々と世を去る中で、伊藤さんの重石としての役割は、セブン&アイグループのみならず、日本企業すべてに働くような気もします。
最後に、対談の中でも紹介された「商人の道」と呼ばれる文章に、いたく感銘しましたので、改めてご紹介をします。伊藤さんも誰の作なのかをご存じないようですが、恩ある方から教えていただいた言葉で、いまも名誉会長室に掲げられているそうです。
「商人の道」
農民は連帯感に生きる
商人は孤独を生甲斐にしなければならぬ
總べては競争者である
農民は安定を求める
商人は不安定こそ利潤の源泉として
喜ばねばならぬ
農民は安全を欲する
商人は冒険を望まねばならぬ
絶えず危険な世界を求めそこに
飛込まぬ商人は利子生活者であり
隠居であるにすぎぬ
農民は土着を喜ぶ
大地に根を深くおろそうとする
商人は何処からでも養分を吸い上げ
られる浮草でなければならぬ
その故郷は住む所すべてである
自分の墓所はこの全世界である
先祖伝来の土地などと云う商人は
一刻も早く算盤を捨てて鍬を取るべきである
石橋をたたいて歩いてはならぬ
人の作った道を用心して通るのは
女子供と老人の仕事である
我が歩む処そのものが道である
他人の道は自分の道でないと云う事が
商人の道である
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