KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

夕学レポート

2007年06月13日

ミュージカルにかける熱い思い 塩田明弘さん

人々の知的能力水準が向上し、情報流通が促進されると、あらゆる面で「情報の非対称性」が逓減していきます。そうなると、商品・サービスを提供する側が一方的に機能面・感性面の利点を主張するプロダクトアウト的なマーケティングが効果を発揮しなくなります。
そんな時代に効果的なマーケティング手法だと言われているのが「裏側を見せる」「参画してもらう」というやり方です。
ブロードウェイには、「スクリプトリーディング」「スクリプトプレイ」というものがあり、制作途中の芝居の本読みや稽古の様子を有料で見せるという試みがなされていると聞いたことがあります。映画のメイキングビデオも同じ流れにあります。
かつては、コックが自分の厨房を見せるのは邪道だと言われていましたが、いまは逆になりました。
制作過程の裏側や舞台の内側で何を考え、どう工夫しているのかを、あえてオープンにすることで、消費者の主体的な消費意識を喚起し、コアなファンを増やすことができるという考え方が浸透してきたからだと言われています。
その時に難しいのは、ただ見せるだけでなく、観客が何に関心を持ち、どういったことを知りたいのかを鋭敏に感じ取る感性と専門用語を分かりやすく解説できる説明能力をもった翻訳者が必要になるということです。
日本のミュージカル界にとって幸運だったのは、その面で特出した才能を持った塩田明弘さんという稀代のミュージカル指揮者がいたことではないでしょうか。
きょうの夕学を聴いて、お世辞抜きにそう思いました。
「ミュージカル界の“みのもんた”」の称号を裏切らない素晴らしいトークショーだったと思います。


塩田さんは、まず「ミュージカル指揮者」という仕事について解説してくれました。同じ指揮者でも「コンサート指揮者」と「ミュージカル指揮者」は、似て非なるものだそうです。
前者が、卓越した才能を武器にコンクール等で優勝して、一気に世に出ることが多いのに対して、後者は、徒弟制度に近い長い下積みを経て、はじめて任せられるものだとか。
塩田さんが、ご自身の体験に基づいて、面白おかしく紹介された下積み生活は、テレビのAD悲惨物語さながらの感動ヒストリーでした。
また、ミュージカルの歴史も教えていただきました。
ドイツ、イタリアのオペラを起源に持ち、大英帝国時代のロンドンで発展し、20世紀にブロードウェイに渡って、完成をみたとのこと。
とはいえ、伝統文化とは異なり、常に時代の雰囲気や流行を受けて、変化しているのだそうです。
日本では、40年前に初めて翻訳ミュージカルが初演されたばかりで、エンタテイメントとしては、最も新しいものだそうです。
ゲストのパーカッショニスト長谷川友紀さんを壇上に迎えて行われた、楽器紹介のセッションも興味深いものでした。
ミュージカルが時代に合わせて変化しているので、次々と新しい楽器が加わってくるそうです。
本来打楽器奏者である長谷川さんは、打楽器とはいえないような、音響楽器や民族楽器まで200種類以上の楽器を操ります。
小さなオーケストラピットの中で、数十の楽器を自在に演奏する姿は、高度な多能工を思わせるような感動的なものでした。
壇上での楽しい雰囲気の一方で、控え室では、ミュージカル界のこれからについて、熱く語っていらっしゃいました。
塩田さんからみても、この10年でミュージカルに携わるスタッフ、興行者、観客の水準は飛躍的に向上したそうです。全国各地に音響施設の整った劇場も数多くできました。
とはいえ、まだ40年の歴史。ハードにソフトが追いついていない状態だそうです。
プロのミュージカル指揮者と呼べる人は数える程しかいません。ミュージカル指揮者の育成システムも塩田さんがパイオニアとして副指揮者を何人か育てている段階で、ブロードウェイのような仕組みは出来ていないのが実情です。
塩田さんは、日本のミュージカルの更なる発展のためには、まずは裾野を広げることだと考えているそうです。
ミュージカル指揮者やミュージカル演奏者を目指す音楽家を増やすこと、ミュージカルのファンを増やすこと。それが山の頂を高くすることに通じると考えているからです。
「一人でも多くの人にミュージカルの楽しみ方を知ってもらいたい、ミュージカルと一般の人々の距離を縮めたい」
そんな思いで、全国でトークショーを積極的に引き受けているそうです。
ここにも、そんな熱い思いで生きているプロフェッショナルがいました。

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