KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

夕学レポート

2007年07月26日

「人間性回復の場」としての動物園 小菅正夫さん

学生時代は柔道三昧の日々を送ったという小菅園長。
首は太く、胸板は厚く、肩も腰回りもがっちりとした堂々たる体躯です。
一方で、長年の日焼けが皺にしっかりと刻まれた、人なつっこい顔は庶民性が一杯です。
話が興に乗ってくると、もう止まらなくなります。動物のこと、動物園のことなら丸一日話し続けても足りないほどに、次から次へと話したいことが沸き起こって来るようです。
話はユーモアタップリ、情熱がビンビンと伝わってくるうえに、論旨明快で分かりやすく、「情と理」の両方を兼ね備えた希有の人だということがよく分かります。


旭山動物園が開園して40年、小菅さんが獣医として入職して34年になるそうです。
小菅さんが示してくれた旭山動物園の40年間の入場者推移グラフには、日本における動物園の意味合いの変化がよく現れていました。
開園以来少しずつ増えてきた入場者数は80年代半ばに60万人とピークを迎えますが、その後はつるべ落としのように減少していきます。これは全国の動物園に共通した現象だったそうです。
「動物園は何をやってもムダ」
10年前、小菅さんが園長に就任した時の市役所職員の意識は、緩やかに衰退していく過去の遺物を、いつどうやって終わらせるかというものでした。
園長就任の翌年の入場者は、最低の26万人に落ち込み、その認識を裏付ける数字となっていたそうです。
動物園に限らず、時代の変化とともに、その社会的使命を終えて、世の中から消えていったモノ・コトはいくつかありますが、旭山動物園もその運命を辿ろうかという状況でした。
しかしながら、旭山動物園には、小菅さんをはじめとして、「なんとかしよう」という情熱を持った職員が何人かいました。
「できることからやっていこう」という決意のもとに、動物園とは何か、飼育係のプロとは何かという原点を見つめ直す議論を繰り返し行ったそうです。
行き着いたのは、「生命の素晴らしさを伝える」「動物の魅力を伝える」ために何をすればよいかということでした。
旭山動物園の代名詞となっている「行動展示・能力展示」という発想転換は、この原点確認を経て生まれた創意工夫の賜だったそうです。
動物の魅力を伝えるのは、動物が生き生きと活動している姿を見てもらうのが一番。そのためには、動物本来の生活環境を再現し、動物が種の本能として持っている捕食能力を発揮できるようにしよう。
これを小菅さんは、「環境エンリッチメント」の発想と呼んでいます。
小菅さんは、「動物園とは何か」という命題を更に一歩突き詰めて考えています。
動物園を「娯楽」として捉えるのではなく、「人間性回復の場」と捉えたいというものです。

人間は高い所にいって、地平線を眺めるとほっとする。
40億年に及ぶ生命進化の歴史の中で位置づければ、ヒトがサルと分かれたのは、ほんの少し前に過ぎない。
高い樹木の上で身の安全を確認したうえで、眠りについていた頃の「野生の血」が人間のDNAに存在している。
だからこそ、人間は、動物と共に生きること、動物と一緒に過ごすことで、安心し、幸せな気持ちになれるはずだ。

控え室で、小菅さんは、このように語りました。
「人間性回復の場」というコンセプトには、なんと壮大なロマンが込められているものかと改めて感銘しました。
昨年は入場者数が300万人を越えたという旭山動物園。旭山動物園だけを楽しむ企画ツアーも盛況だとか。厳寒期には、ハワイや東南アジアからも多くのお客さんが訪れるそうです。
「行動展示・能力展示」は、全国の動物園に広がってきました。
「昨年は上野動物園の入場者数も60万人増えたそうです。
そう語る小菅園長には、「動物園とは何か」という認識を変えていきたいという強い意志を感じます。

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