夕学レポート
2008年10月20日
「自分が生きる意味は自分の力で創り出す」 姜尚中さん
「一匹の妖怪が世界を徘徊している。金融破綻という妖怪が...」
あまりに有名なマルクスの言葉をもじりながら、姜先生は、2008年秋の状況を語りました。
自分が体験するとは夢にも思っていなかった大恐慌の到来さえ現実のものになってきた。そんな恐ろしいことさえ口にされます。
こんな混迷時代を半年前に予感していたのか、この春に姜先生がだした『悩む力』は50万部を超えるベストセラーになっているといいます。
この本のおもしろさは、夏目漱石とマックス・ウェーバーという「組み合わせの妙」にあったようだと姜先生は言います。
なぜならば、漱石とウェーバーに共通するのは、「資本主義とは何か」を冷徹に見つめる洞察力にあったとのこと。
100年前、帝国主義の膨張が破裂寸前の危うさを見せていた世紀末、経済的には資本主義が世界に広がり、合わせ鏡のように社会主義が勃興を始めていました。
そんな混迷の時代にあって、漱石もウェーバーも、資本主義の行く末に何が起きるのかを見抜いていたと姜先生は言います。
姜先生が漱石に出会ったのは、故郷熊本で過ごした高校時代だそうです。姜先生は、漱石の作品群に漂うグレートーンの色彩に惹かれたそうです。物語に起伏がないにもかかわらず、何かが心に引っかかったとのこと。
「人間の奥底にある見えない魑魅魍魎を見据えている」そんな気がしたと言います。
同じフックが、ウェーバーにも掛かったそうです。
姜先生の学生時代 「マルクスか、ウェーバーか」というほど熱い議論を集めていた二人でしたが、姜先生は、マルクスには違和感を覚えました。
「これで世界を変えられる」という「全智の姿勢」に反感を抱いたからです。
ウェーバーは正反対でした。
普遍的な法則抽出ではなく、有限を前提として主観的な意味を重視する姿勢に共感したといいます。
「なぜ生まれた」
「なぜ貧しい」
「なぜ苦しい」...
在日として生まれ、宿命として相克を背負って生きてきた姜先生の抱える問題に対して、「自分で意味を求めつづけるしかない」という示唆を与えてくれたました。
漱石、ウェーバーの思想の根底には、コンプレックスと挫折経験があるのではないかと姜先生は言います。
漱石は、生まれてすぐに養子にだされ、「自分は親に疎んじられて生まれた」という負い目を生涯抱え続けたと言われています。その哀しみは、妻 鏡子さんへの暴力として発露することになりました。
また、2年間の英国生活も挫折と呼べるものでした。漱石が持ち帰った洋書の多くは当時の労働者階級に向けてかかれた平易なもので、英語に相当苦労したであろうことを推測させるそうです。持病の神経衰弱と戦いながら下宿に引き籠もることが多かった漱石の寂しい背中が想起されます。
しかし、漱石は野良犬のような姿でロンドンを徘徊しながらも斜陽化しつつあった大英帝国の光と陰の両方をしっかりと見つめていました。
ドイツ人であったウェーバーも、同じ思いで新興大国アメリカを見たと言います。フォードシステムに代表される工業化社会の華々しいスタート。その裏側で起きているモダンタイムス的な人間疎外。
「見てご覧、近代とはこういうものだ」ウェーバーはそう語ったといいます。
漱石もウェーバーも「近代のはじまり」の風景に、すでに「終わりの姿」を透視していました。
その後に起きる大恐慌、二度にわたる世界大戦、冷戦、社会主義の退場、そして金融資本主義の暴走。そこまでをも見抜いていたのかもしれません。
かつて、大衆の眼前には、「明確な敵」が屹立していました。
例えば、労働者にとってはブルジョワジー、自由主義者にとっては封建領主が倒すべき敵でした。
敵を倒すための「大きな物語」が語られ、人々はその世界に心地よく酔いました。
帝国主義も、資本主義も、社会主義もそんな「大きな物語」のひとつです。
漱石とウェーバーの眼は、「大きな物語」が幻想であることを冷徹に見抜き、不確実な世界の到来を予言していました。
社会主義の限界が露呈され、より延命な資本主義が勝ち残ること。
その発展は人間を劣化させ、営利追求マシンへと変えること。
だからこそ、「自分が生きる意味は自分の力で創り出す」しかないこと。
それが、二人が見据えた100年後の姿とそこで求められる国家と人間のあり方です。
考えても、考えても答えなど見えてこない。でも悩み続けることで突き抜けるしかない。
それが『悩む力』の本質だということでしょうか。
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