夕学レポート
2009年11月04日
科学の伝導師 鎌田浩毅さん
真紅のレザージャケット、赤い刺繍が入ったジーンズ、真っ赤なローファー。
火山のマグマをイメージしたという衝撃的な装いで登場した鎌田浩毅先生。年間ボーナスの全額をファッションに注ぎ込むとのこと。
ただのお洒落な大学教授ではない。奇抜な服装も、明確な人生戦略に則ったセルフ・プロデューシングにひとつだという。
火山学者としての鎌田先生の人生戦略は、「オンリーワン」を目指すことである。
富士山のてっぺんを目指すのではなく、誰も登らない未踏の山を探し出し、一番乗りを果たすことにある。
筑駒から東大、通産省というキャリアの表面だけを見ると典型的なエリートのように見えるが、鎌田先生は、「周囲の人とは違う道を歩く」人生のようである。
東大理学部で地質学を専攻するものの科学に失望した。「自分は科学者には向いていない」とあきらめて、大学院に進まず、技官官僚の道を選び、通産省管轄の研究所に入所する。
配属後、調査に訪れた阿蘇で出会った先輩が、科学を分かり易く、相手の興味を喚起するように解説する姿を見て、火山への関心が呼び覚まされ、論文博士を目指そうと決めた。
その研究領域で、世界の頂上を目指している科学者は星の数ほどいる。だとすれば、廻り道をした自分だからこそ出来る道を探そう。
そう考えて掲げたのが「科学の伝道師」というコンセプトだったという。
日本は世界有数の火山国・地震国である。にもかかわらず天災への備えは十分とは言えなかった。阪神・淡路大震災で亡くなった方の八割は「圧死」。家具や調度品の下敷きになったことが原因であった。つまり危険を認識し、適切な備えをしていれば防ぐことが出来たかもしれない。
であるならば、自分が現代のノアになって、火山・地震の危険性と備えの重要性を伝導することも科学者のあり方、しかも「オンリーワン」の道だと考えた。
オーディエンスの関心を自分に惹きつけるための服装
500部しか流布しない学術論文よりも、1万~2万売れる新書の執筆
百万人単位で情報を流すことができるマスメディアへの出演
ひとりよがりのプレゼンではなく、「相手の関心に関心を持つ」コミュニケーション術
全ては、「科学の伝道師」というオンリーワン戦略に基づいた計画的な方法であるという。
自分への関心が高まれば、火山・地震への関心も高まるだろう。
火山・地震への関心が高まれば、防災意識も高まるだろう。
鎌田先生の、“大学教授らしくない”装いと活動は、すべてここに繋がっている。
さて、戦略論でいうと「オンリーワン戦略」とよく似て、非なるものに「ブルーオーシャン戦略」がある。
他者と違うユニークな価値を創造するという点で共通する両者だが、目指すゴールと手段が異なる。「オンリーワン戦略」は、ニッチに入り込み易く、究極的には一品主義になる。
「ブルーオーシャン戦略」は、大市場を創造することを目指し、あくまでマスを対象とする。
鎌田先生の人生戦略は、いまは「オンリーワン戦略」だが、ひょっとしたらアカデミックにおける「ブルーオーシャン戦略」に転ずる可能性もあるのではないか。
私は、大学資本の株式会社という、アカデミズムと一般社会の「際」に生きている人間なので、互いの認識の微妙なズレが気になって仕方がない。
アカデミックが求められているのは、社会への貢献であることに両者の認識相違はない。
では、どうやって貢献するのかという点が問題である。
研究が自己目的化してしまった些末な基礎研究よりも、すぐに役に立つ実用研究に投資するべきだと社会は言う。
実用研究という果実は、豊潤な基礎研究という土壌のうえに成り立っているのだと大学人は反論する。
「COE」や「世界最先端研究支援プロジェクト」など、国家的な科学技術政策は、前者の流れに乗り、後者を主張する伝統的なアカデミズムは、やや旗色が悪い。
しかし、いまこそ必要なのは、基礎研究の意義に今一度耳を傾けようという社会の謙虚な姿勢と、アカデミズムが「相手の関心に関心を持つ」という気概で、基礎研究の啓蒙を本気で行うことではないだろうか。
火山学だけでなく、自然科学にも、社会科学にも、人文科学にも「科学の伝道師」が必要である。そこにアカデミズムにとっての、ブルーオーションがある。
第二、第三の鎌田先生が、さまざまな領域で出てき欲しいものである。
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