夕学レポート
2010年06月15日
第三回 シュンペーターの「創造的破壊」
夕学プレミアムagora 竹中平蔵教授が講義する【問題解決スキルとしての経済古典】
いよいよ佳境に入って来ました。下記は第三回の内容です。
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前回の「ケインズの異論」から一ヶ月経ちましたが、この間に、日本の政治状況には大きな動きがありました。鳩山首相(当時)が辞任し、菅直人氏が新首相に就任。
菅新首相が打ち出したのが、日本版「第三の道」構想です。
先の所信表明演説で掲げられたスローガンは「強い経済・強い財政・強い社会保障の実現」でした。
竹中先生は、菅首相の認識に対して冷静な反論をいくつか展開したあとに、「強い経済を実現するための経済理論として、欠かすことに出来ない人です」ということで、本日の主役「シュンペーター」に言及をしていきました。
◆シュンペーターが生きた時代、直面した課題
エーゼフ・アロイス・シュンペーターとケインズは同じ年(1883年)に生まれました。
20世紀を代表する天才経済学者に数えられる二人ですが、その着目するところは大きく異なりました。
ケインズが、眼前にある世界大恐慌にどう立ち向かうべきかを説いたのに対して、シュンペーターは、資本主義のダイナミズムを解明することに目を向けました。
「問題」に着目したケインズと「本質」を問い掛けたシュンペーター。
ふたりの立ち位置の違いは対称的ですが、現在の経済問題を考えるうえで、示唆深い、普遍的な理論を展開したという点では共通しているのかもしれません。
シュンペーターがウィーン大学で学んでいた頃、アダム・スミス以来の古典派経済学は大きな転換点を迎えていました。
「限界」概念を全ての価格決定の根底にすえた、新しい経済理論が登場したからです。
従来の経済学者は、モノの「価値」は投入された労働量で決定する=労働価値説にたっていましたが、新しい考え方は、モノの「価値」は、それが人々に与える主観的な効用=限界効用によって決まると唱えました。
暑い夏の日に水を飲んだとする、一杯目の水は美味しい、つまり価値が高い。2杯3杯と飲んでいき、全部で5杯飲んだとすると、5杯目の水を飲んだことで得られる価値を「限界効用」という。飲む杯数が増えるに従い、満足度は少しずつ下がっていく。その最後の一杯が意味するのが「限界」の概念である。
『いまこそケインズとシュンペーターに学べ』吉川洋著 ダイヤモンド社より
経済学史上では、この考え方を用いた理論が数多く登場したことを「限界革命」と呼ぶそうです。
「限界革命」は、いろいろな国で同時多発的に発生しましたが、シュンペーターが影響を受けたのは、ウィーン大学の恩師でもあるワルラスでした。
シュンペーターはやがて、ワルラスの「一般均衡理論」を批判的に継承する独自の理論を打ち立て、若くして経済学界にデビューすることになります。
大学卒業後まもなく、オーストリアの大蔵大臣に就任、銀行の頭取も務めますが、いずれも上手くいかず、その後も挫折経験の多い人生を送りました。
◆シュンペーターの人物像
シュンペーターは、オーストリー・ハンガリー帝国のモラヴィア(現在のチェコ東部)に生まれました。父親は織物工場の経営者、母親は医者の娘でした。
若くして父親を亡くしたシュンペーターは、エリート階級の恵まれた環境で生まれ育ったケインズに比べると複雑な家庭環境を背負うことになりました。
当時のオーストリー・ハンガリー帝国は、ハプスブルグ家を中心にした封建主義体制のもと、空前の経済成長を遂げていたといいます。繁栄の時代は、やがて起きる第一次世界大戦をもって終焉を迎えますが、多感な青少年時代に体験した故国繁栄の記憶は、やがて登場する「イノベーション」概念の生成や日本への好意的な視線に繋がるとのこと。
少年時代から天才の名をほしいままにしていたシュンペーターは、5つの野心を公言していたそうです。
・ウィーン社交界の第一人者になること
・オーストリア随一の乗馬手
・世界第一の経済学者
・芸術鑑識家
・政治家
多感かつ多能であった青年期に抱いた野心への郷愁は、往時の故国の繁栄の記憶と重なり、かつてのような高度成長は、なぜ発生したのか。資本主義発展のメカニズムはどこにあるのか。といった問題意識を醸成し、経済発展の源泉としての「イノベーション」概念の探求へと結実していきます。
◆シュンペーターは、何を主張したのか
シュンペーターの主張は、1912年 29歳の時に著した『経済発展の理論』に集約されています。
キーワードは、「イノベーション」「企業家」「銀行家」の3つです。
「経済発展の原動力は、野心に富んだ企業家によって起こされるイノベーションである」
シュンペーターは、資本主義の本質を、そのダイナミズムに見いだしました。
環境の変化に対応するのではなく、企業家が絶えざるイノベーションを興し、それを社会に訴えかけていくことで、需要は沸き起こってくると考えたのです。
師であるワルラスの「一般均衡理論」が静態的視点から資本主義を捉えたのに対比する意味で、シュンペーター理論は動態的視点だと言われています。
受け身ではなく、企業家自身の内的な変化によって発生するエネルギーが、市場を創造していく源泉であるとシュンペーターは主張しました。
ちなみに、『経済発展の理論』では、イノベーションではなく「新結合」という言葉が使われているそうです。
「結合」というのは、生産手段の組み合わせを意味しますが、従来にはない、まったく新しい組み合わせを考えることが「新結合」になります。
シュンペーターは、具体的に5つのパターンの「新結合」を掲げました。
・新しい商品の創出
・新しい生産方法の開発
・新しい市場の開拓
・原材料の新しい供給源の開拓
・新しい組織の実現
イノベーションはどこから生まれるのか
「新結合」は需要者サイドのニーズから生まれてくるのではなく、あくまでも供給者側がイニシアティブを握って創り出すものだ、とシュンペーターは言います。
そして、「新結合」は、旧結合で使われていた生産手段を奪い取ることで発展すると主張します。
かつての生産手段の組み合わせが破壊され、要素が移って、新しい組み合わせが創られる。
「創造的破壊」というあまりに有名な言葉は、ここで生まれました。
企業家は経営者ではない
イノベーションを創り出す主体者が「企業家」です。
企業家は、かならずしも経営者ではありません。シュンペーターは、旧結合に甘んじている経営者を「企業家」とは呼んでいません。
新しい試みをする人、野心に満ちた挑戦を厭わない人。経営者のうちこの条件を満たす人を「企業家」と呼んでいます。
シュンペーターによれば、イノベーションに向かう動機は、「私的帝国への意欲」「勝利者意欲」「創造する喜び」だそうです。
企業家には、「深い洞察力」「精神的な自由」「挫折に耐え抜く強い意志」といった資質が求められることを併せて説いているといいます。
リスクの担い手としての銀行家
シュンペーターは、企業家は、野心と創造性を持っている必要はあっても、生産手段(場所・ヒト・カネ)をあらかじめ持っている必要はないと主張しました。
利益の蓄積だけでは、イノベーションに必要な投資額は充足しないと考えたからです。
従って、企業家を見極め、資金を提供する役割が不可欠です。ここに「銀行家」の役割があるとシュンペーターは考えます。
最後のリスクの担い手となって信用を創造する。
可能性のある企業家に生産手段を仲介する。
「交換経済の監督者」と命名された役割を銀行家は担う必要があります。
竹中先生は、コロンブスに新大陸発見のための航海資金を提供したスペインのイザベラ女王をメタファーにして、銀行家が果たすべき機能を解説してくれました。
景気循環は避けられない
シュンペーターは、ケインズと違い、不況に対しては達観的な態度を取り続けました。
「不況はお湿りに過ぎない」という言葉も残しているとのこと。
資本主義の発展過程においては、不況は避けられない調整プロセスであって、防ぐ手だてはない。景気予測の水準をあげるくらいしか出来ることはないと喝破したそうです。
イノベーション→好況→オーバーシュート現象→破裂→オーバーシュート現象→不況→イノベーション
というサイクルを繰り返すことで資本主義は発展するのだから、景気循環は不可避だと、シュンペーターは考えました。
世界恐慌でさえ、複数の景気循環サイクルが、たまたま一致した偶然の不幸だと主張したと言います。
資本主義の終焉
シュンペーターのシニカルな特性は、資本主義の行く末を語る際に、強く表出することになりました。
彼は、晩年の著書『資本主義・社会主義・民主主義』の中で次のような社会を預言しているといいます。
・資本主義の発展は、やがて大企業による寡占化状態を招き、不完全競争に陥る。企業家の意欲は衰退し、イノベーションも起こらなくなる。
・十分な富と豊かな生活を手にいれた人々は、自分達の現世生活の維持を第一義に考え、少子化が進む。
・豊かな社会は多くの知識人を生み出すが、彼らはやがて批評家集団となり、政治的な力を発揮する。
・自己中心的な合理主義者が登場し、ロマン主義的な挑戦心を認めようとしなくなる。
豊かな生活を実現したその先には、優雅なる衰退の時代が訪れる。
やがて資本主義は崩壊し、社会主義の時代がやってくる。
マルクスは、「資本主義は、やがて行き詰まって失敗する」と予想しました。
対してシュンペーターは180度違う視点から同じ結論を導き出しました。
資本主義は、成功するがゆえに衰退すると喝破したシュンペーターの冷徹な予想は、現在の日本の経済・社会状況を驚くほど的確に言い得ていると竹中先生は言います。
◆シュンペーターがもたらしたもの
竹中先生は、下記の3点で、シュンペーターの意義を整理してくれました。
・壮大なビジョンを展開してくれたこと
彼は、資本主義の発展-衰退のメカニズムを大きなスケールで解説したはじめて人でした。
・経営学に多くの知見を提供してくれたこと
「イノベーション」「創造的破壊」といった概念は、ドラッカーをはじめ経営学者に多大な影響を与えました。
ドラッカーの有名な言説「企業の目的は顧客の創造である」という言葉は、シュンペーター理論をもとにしています。
・日本との関係が深いこと
シュンペーターには、中山伊知郎、東畑精一(いずれも一橋大教授)という二人の日本人の教え子がいました。
中山・東畑は、日本の近代経済学の開拓者ともいえる巨頭であり、彼らの貢献もあって、シュンペーターは、日本において高く評価されてきました。
「創造的な破壊」という言葉は、2001年の経済財政諮問会議で決定された「骨太の方針」の冒頭で言及されていました。
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