夕学レポート
2010年10月21日
「生命」と「時間」の関係を解明する 上田泰己さん
それは、夕学10年の歴史でもはじめての光景であった。
丸ビルホール300席を埋める聴衆は圧倒的に女性が多いのだ。ステージ前二列30席に至っては女性が25人、男性は5人。
控室には花束や贈り物が届き、写真撮影を希望する方が訪れる。これも夕学にはあり得ないことである。
きょうの主役は、上田泰己氏 35歳。生命科学界のプリンスと呼ばれる気鋭の研究者である。
端正かつ理知的な顔立ち、ソフトな人当たり、奥深くに潜むパッション。天は二物どころか三物、四物も与え賜うたと思わざるをえない。
「生命科学では2000年にイノベーションが起きました」上田先生は言う。
ヒトゲノムの解読プロジェクトがもたらしたものである。
ゲノム解読により、人間を構成する2万7千個の遺伝子のプロフィールが明らかになった。
これに伴い、生命科学の焦点は、2万7千個の遺伝子の働きを解明することに絞られていった。生命科学者は、ピペット片手に顕微鏡を除く辛気くさいスタイルから、物理学や情報工学の知見を使い、高性能コンピュータやロボットを駆使する研究へと変わったという。
「システム生物学」という日本命名の新しい研究分野が登場したのだ。
上田先生は、新大陸の先頭を走る研究者である。
「生命」と「時間」の関係を解明すること。
それが、上田先生が選び取った研究テーマである。
きょうの講演テーマである「体内時計」「体内カレンダー」というメタファーは、研究内容をイメージさせる想起力においては秀逸であろう。
誰だって、腹時計が鳴るし、時差ボケに苦しむ。季節により身体の変調をきたすこともある。そのメカニズムが分かれば、いろいろな面に活用できそうだ。
「体内時計」も「体内カレンダー」も、人間が環境に適応するために生成されたと考えられている。だから、24時間周期で時を刻む。季節によって機能変化が起きる。地球の自転と公転に適応するためのリズムを、37億年かけて作り上げたものだ。
融通無碍だけれど不正確な部分と極めて精緻・正確な部分を併せ持ち、両者が補完し合い、ズレとアジャストを繰り返すことで、環境の不確かさにも対応することができる。
ここ数年のわずかな間に、上田先生は「体内時計」「体内カレンダー」に関わる画期的な発見や解明をいくつか実現した。
「体内時計」に機能する遺伝子はどれか、決定的な働きをする酵素は何か、を明らかにしてきた。うずらの「体内カレンダー」で春を知らせるセンサーの働きをするホルモンもみつけた。
http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2008/080922/index.html
http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2009/090901/detail.html
ひょっとしたら、10年後、20年後に、上田先生がノーベル生物学賞を受賞するとしたら、すでに対象となる研究は発表されているのかもしれない。
これから取り組もうとしているのは「生命の不可逆性」の解明だという。
生命は、時の流れと同じで、けっして後戻りをしない。単純なものから複雑なものへと変化し続けている。たったひとつの受精卵が十月十日で人体に成長する。37億年前に深海で生まれた単細胞微生物が人間にまで進化した。
生命は、環境の変化に適応し、自らの行動を変えることで進化してきた。細胞には、いわば不可逆的な「学習メカニズム」が埋め込まれているのである。
「生命の不可逆性」を知ることは、生命誕生の秘密に迫ることである。
物質から生命へ、無から有へ、ゼロから1への変化。「神の領域」とされてきた不可侵世界に入り込む勇気が必要になる。
すでに同じ志を持つ研究者が学際的に集う「細胞を創る」研究会が始まっているという。そこでは、広範な科学・技術の学問領域の研究者に加え,生命観や倫理・安全面に関わる研究者・専門家にも入ってもらい、多面的な議論が交わされている。
システム生物学のような新しい流れの研究は、すぐ近くに異質な人々と同居する枠組みが重要になると上田さんは考えている。
人間の遺伝子も原子レベルまで分解すれば、はげしい微振動を繰り返しながら、絶えず周囲とぶつかりあっていると聞く。
「細胞を創る」研究会というルーペの中で、異質性がぶつかり合うことで、新しいスイッチが押される。そういうことなのかもしれない。
追記:
この講演に寄せられた「明日への一言」はこちらを
http://sekigaku.jimdo.com/みんなの-明日への一言-ギャラリー/10月20日-上田-泰己/
この講演には「感想レポート」の応募をいただきました。
・体内時計が示すもの(おいっちさん/会社員/34歳/男性)
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