夕学レポート
2011年02月16日
田口佳史さんに問う中国古典 【大学の道】 その2
『大学』の英語表記は、Great Learingだそうです。
英語の方が、言葉の持つイメージがよく分かりますよね。
“大学”とは、大いなる学び、つまりGreat Learingとは何か、を真正面から問い掛けるものです。
田口さんは言います。
『大学』の大意は、冒頭の一言で言い尽くされている、と。
大学の道は、明徳を明らかにするに存(あ)り、民に親しむに存り、至善に止まるに存り。
いきなり結論を言い切っています。
大いなる学びの道は、1)明徳を明らかにすること、2)民に親しむこと、3)至善に止まること、この三つの実践の中にある。
最初の「徳」という概念が、『大学』ひいては『論語』など儒家思想における最重要概念だと言われています。
わたし達は、「徳」という言葉を当たり前のように使っていますが、意味の理解についてはかなりあやふやではないでしょうか。
学校教科の「道徳」の印象が強いので、「徳」=倫理意識、品性といった意味で理解することが多いかと思いますが、田口さんは、もう一歩踏み込んで「徳」を解説してくれました。
曰く「徳とは、自己の最善を他者に尽くしきること」
この定義には、人間の価値は、その人固有の属性に由来するものではなく、周囲の人々、社会との関係性の中で、立ち現われてくるものだ、という根本思想があります。
「徳」のある人は、自己の利益を優先せずに、他者のためになること、周囲にとって有意なことに自己の最善を尽くす。それが人間にとっての倫理であり、品性の根源だということではないでしょうか。
私は、「徳」の意味を、さらにもう一歩拡大解釈して、「社会における自らの役割を全うすること」だと解釈しています。
他者に尽くすという表現だと、依存的な感じがしますが、自分を含めた社会の中で自分の役割に全力を尽くすことだと考えると、「徳」という言葉は、大いなる学びの道の第一に掲げるにふさわしい壮大なテーマに感じませんか?
さて、大いなる学びの道の二番目は、
「民に親しむこと」です。
田口さん曰く、「人々と感謝の人間関係を結ぶこと」
打算・損得の関係ではなく、「感謝の関係」であることが重要なのは言わずもがなですね。
「徳」の実践=自己の最善を他者に尽くしきる、社会における自らの役割を全うする、ためには、他者から支えられているという気持ち、社会があるから自分が存在できるという感覚が、なにより必要になるでしょう。
それに気づくことも、Great Learingの目的ということかと思います。
最後は、「至善に止まること」
田口さん曰く「善の境地に踏みとどまること」
徳の実践も、感謝の人間関係も、一過性、時の勢いに乗っただけでは不十分。「徳」は繰り返し実践し、積み上げてこそ意味がある。
余裕のある時に、他者に気を遣うことは誰もが出来ることです。余裕のない時、追い詰められている時でさえ「善の境地に踏みとどまる」ために、自分を律し続けることが、大いなる学びの道の目的になります。
『大学』の冒頭部分は、次のように続いていきます。
止まるを知りて后(のち)定まる有り、定まりて后能(よ)く静かなり、静かにして后能く安し、安くして后能く慮り、慮りて后能く得(う)。
物に本末あり、事に終始あり。先後する所を知れば則ち道に近し。
自分を律し続けることで目標が定まる。目標が定まれば静謐な心を持てる、静謐な心は安定をもたらす。安定した人は他者に配慮が行き届く。他者に配慮すれば得るものも多い。
全ての物事には全体像と順序がある。そのメカニズムを知ることで世の中の道理が見えてくる。
「かくすれば、こうなる」という因果展開を繰り返す、中国古典ならではの心地よいリズムに乗りながら、最後の名調子に至ります。
「物に本末あり、事に終始あり」
この世の「物事」の本末と終始をわきまえること、つまり道理を形成するメカニズムを知ることが、Great Learingのゴールだと結んでいるのです。
「人間は利己的な存在である」
多くの経済学モデルは、この前提のうえに成り立ってきました。
-自らの利益を最大化するために、資本家は富を求め、起業家は事業拡大を求め、労働者は賃金最大化を求める。それが結果として経済を活性化させ、富の再分配を促し、社会を繁栄させる。利己的な個人の利益追求行動が、意図せざる結果として、豊かな社会をもたらす-
アダム・スミス以来、250年の歴史を持つ経済学が前提としてきた「合理的経済人モデル」は、「市場」という調整メカニズムへの信頼に繋がってきました。
いま現在、「市場」の限界や行き過ぎがあることは十分に承知しつつも、わたし達は、「市場」以上に信頼できる調整メカニズムを持ち得ていません。そしてこれからも、「市場」を中心に据えた経済社会システムの上に、わたし達が生きていくであろうことは間違いないようです。
「市場」に対してわたし達が感ずる曖昧なる不安。それは「人間は利己的な存在である」と説く合理的経済人モデルが、「自己の最善を他者に尽くしきる」という東洋の「徳」の精神とかけ離れていることに対する違和感に起因するのかもしれません。
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