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ピックアップレポート

2014年09月09日

伊藤 元重『経済を見る3つの目』

伊藤元重
東京大学大学院経済学研究科・経済学部 教授

経済をとらえる3つの目を磨く

経済を理解するには秘訣があります。私が若いころに先輩から教わり、いまでも大事にしている言葉に「経済を見るには3つの目が必要」というものがあります。3つの目とは、「鳥の目」「虫の目」「魚の目」です。この3つの目を磨いていけば、少々取っつきにくい経済も、次第に飲み込みやすくなっていくことでしょう。

マクロで経済に近づく―鳥の目

まずは「鳥の目」です。「鳥瞰」という言葉があるように、高いところから物事を広く大きく見る視点で、要はマクロ(macro=巨視的)で経済を見ることが重要であるということです。

例えば、遠いヨーロッパの小国ギリシャで財政危機が起こったことで急速に円高が進行し、日本の輸出産業が大変厳しい状況に追い込まれるということがありました。こういうことは経済ではよくあります。


たとえ遠い国で起きた小さな出来事であっても、それによって世界の経済がどう動き、その中で為替レートがどう変動するのか、そしてそれが日本の産業や私たちの生活にどうかかわってくるのか、それらを大きな動きとしてとらえることが、経済を見る上ではとても重要です。このように物事を見る視点が鳥の目です。

経済学にはマクロ経済学(macroeconomics)という分野がありますが、これは、鳥の目によって経済を大きくとらえようという考え方です。経済を鳥の目でとらえるためにはどういう視点があるのかを、具体的な例を挙げながらお話ししたいと思います。

ミクロで経済に近づく―虫の目

次は、「虫の目」です。これはミクロ(micro=微視的)で物事を見ることで、経済の細かいところを掘り下げていくことが重要だという意味です。ミクロの目といってもいいかもしれません。

例えば薬局では、いろいろな種類の風邪薬が売られていて値段もさまざまですが、実はその値段の背後には、製薬会社がどのように商品を売っていくかという戦略が隠されているケースが多くあります。

少し古い話になりますが、OTC(over the counter=一般用医薬品)という処方箋の要らない薬を専門に販売しているお店でO製薬やS製薬などの薬を売ると、6割ほどのマージンがお店に入るといわれていました。ほかのメーカーの薬は3~4割のマージンですから、お店にすればこれらの会社の薬を売るほうが利益を出せます。

このように価格には、私たち消費者が払う小売価格、小売店がメーカーに支払う代金である仕入価格と複数あります。そして、小売価格と仕入価格の差であるマージンには、企業の戦略や思惑が隠されているのです。

この場合、OTC専用医薬品メーカーは小売店には安い価格で卸し、ほかのメーカーと同じ価格で売ってもらうことで、小売店により多くのマージンをとってもらい、そのイノセンティブを梃子にして売上を伸ばすという戦略を描いたわけです。

ところが、こうした売り方をする商品は往々にしてディスカウンター(安売り店)の餌食になります。安売り店は安く仕入れることができる商品なら、通常のマージンを乗せて売ればもっとたくさん売れると考えます。そこで、テレビのCMでよく宣伝されている人気飲料が店頭で大量に安売りされたりします。もちろん、メーカーとの間にはいろいろな確執があったことでしょう。こうした話は経済の中で見落としがちですが、案外重要な意味があるものです。

では、私たちはどのように価格を観察すればいいのでしょう。私は、2つの見方があると思います。

1つは、自分たちが日ごろ買い物をしているお店の価格や商品について、より注意深く見るということです。

もう1つは、価格の変化の背後には必ず何か事件や出来事があるので、新聞や雑誌に載っている企業や商品の動向を注意深く見ることです。きっと自分の日ごろの経験と重なった部分から、いろいろなことが見えてくるはずです。

このように虫の目で経済を見ることも重要です。エネルギー問題から金融問題、あるいは先の挙げた流通からメーカーの動き、あるいは雇用の現場から税金のあり方まで、さまざまな問題を虫の目で見ることができます。

潮目の変化を見極める―魚の目

3つ目が「魚の目」です。先述の先輩からは、これがいちばん大事だといわれました。魚の目とは、潮の流れの変化をしっかり見極める眼力、あるいは経済の流れを見る力だといえます。

ただし、魚は目で潮の流れを知るわけではありませんから、これはあくまでものの喩えです。でも、潮の流れを読めなければ魚は生きていけません。同じように、経済にも非常にゆったりとした流れもあれば、ときに激しい流れもあります。その変化をしっかりと見る力を持つことは、経済を見る上でいちばん大事なことかもしれません。

経済を見ていると、潮の流れが大きく変わる瞬間があります。その変化の実態が何であるかを見ることで、経済への理解がより深まります。いまの日本でいえば、アベノミクスという流れが出てきて、デフレーションにどっぷりと漬かっていた経済が大きく変わろうとしています。

この変化の中で、いままで見えてこなかったいろいろな動き―例えば株式市場や日本の産業のあり方、人々の働き方―が出てきています。その変化がどの方向に進んでいるのかを見ることが、いまの日本経済をとらえるには有益です。

また、過去の日本経済の潮目を見ていても、なぜ高度経済成長があったのか、石油ショックは日本をどう変えたのか、1985年のプラザ合意以降の円高で日本社会はどう変わったのか、なぜバブルが起きたのか、なぜバブルが崩壊して長期のデフレ経済に陥ったのか、なぜデフレから脱却するためにアベノミクスが必要なのか、そしてそれが日本をどう変えようとしているのか、等々の変化に焦点を絞ることによって、いろいろなことが見えてくるでしょう。

変化を見るもう1つの重要なポイントは、いままで「常識」だと思われていたものが、今後も同じように通用するとは限らないということです。

例えば、BRICsという言葉があります。これが、ブラジル(Brazil)のB、ロシア(Russia)のR、インド(India)のI、中国(China)のCを合わせたものであることは、広く知られています。さらにいえば、BRICsはこの4つの国だけを表すのではありません。こうした国々に象徴される、いわゆる新興工業国が今後大変な勢いで成長していくだろう、というニュアンスが込められていたのです。

そもそもこの言葉は、2000年代の初めにゴールドマン・サックスという巨大金融グループのジム・オニールという人物が使いはじめました。そして、その後、実際にこのBRICsをはじめとする新興国が急成長したことから、広く定着するようになったのです。

しかし現在では、これらの新興国に明るい未来が待っているとは必ずしもいえない状況が生じてきました。つまり、この言葉が出てきた当時の、「伸びゆくBRICs」から、「いろいろ問題の多いBRICs」へと、その意味は大きく変わろうとしているのです。

こうしたことが、まさにいまの経済を考えるときに重要になってきます。ひとつの言葉が持っていた意味やニュアンスの変化を感じ取ることが、潮の流れを見る魚の目であり、それがとても重要だということです。

本書では、鳥の目、虫の目、魚の目という3つの視点で日本経済をどのように見ていったらいいか、あるいは世界経済をどうとらえたらいいかということを述べていきたいと思います。そのためにいろいろな事例を取り上げますので、それらによって皆さんの経済に対する見方を深めていただければ幸いです。

日本経済新聞出版社『経済を見る3つの目』序章より著者と出版社の許可を得て転載。無断転載を禁ずる。

伊藤元重(いとう・もとしげ)
1951年静岡県生まれ。安倍政権の経済財政諮問会議議員。東京大学経済学部卒業、ロチェスター大学Ph.D.(経済学)。専門は国際経済学、ミクロ経済学。ビジネスの現場を歩き、生きた経済を理論的観点も踏まえて分析する「ウォーキング・エコノミスト」として知られる。テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」コメンテーターなどメディアでも活躍中。
主な著書に『日本経済を創造的に破壊せよ!』(ダイヤモンド社)、『ゼミナール 現代経済入門』(日本経済新聞出版社)、『入門経済学』(日本評論社)などがある。
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