夕学レポート
2015年10月29日
平井孝志氏に聴く、「構造」と「因果」の「本質思考」
ローランド・ベルガー執行役員として活躍する平井孝志氏の最新刊は、『本質思考』。その副題には「MIT式課題設定&問題解決」とある。
かのローマ・クラブが1972年に発表した『成長の限界』。成長から均衡へ、と四十年以上を経てなお世界に影響を与え続けているその警鐘は、MITに委託実施された研究の成果であった。その研究で分析および未来予測手法として用いられたのがMIT発祥の「システムダイナミクス」である。
従来の科学が、自然科学にしても社会科学にしても要素還元主義であったのに対し、システムダイナミクスはそのアンチテーゼとして「全体としての振る舞い」に着目する。
そのシステムダイナミクスを学ぶのが、二十年前の平井氏にとって、MITスローンスクールでMBAを取得した重要な理由のひとつであった。
システムダイナミクスでは、物事の本質を、現象の裏側にひそむ「構造(モデル)」と「因果(ダイナミズム)」として捉える。
モデルとは構成要素やそれらの相互の関係性であり、ダイナミズムはそのモデルが生みだす現象を長い時間軸で見た結果や動きである。
現象の裏側には、それを引き起こすモデルとダイナミズムが必ず存在する。その見えない部分に想いをめぐらすこと。それが「本質から考える」ということの意味である。
現代は情報に満ち溢れている。情報収集それ自体は、さほど難しくない。難しいのは、情報をどう絞り込むか。そして集めた情報を元に何をどう考えるかだ。
例えば、いまや誰もが知っているSWOT分析。
だが、内部自由度(S-W)と外部環境(O-T)の各要素に現象を整理する、だけでは意味がない。
S×O=積極的攻撃、W×O=段階的施策、S×T=差別化戦略、W×T=リスク回避・撤退。このように要素を掛け合わせて戦略オプションを導出することで、SWOT分析は始めて意味を持つ。
しかし、これでもまだ話は平面的過ぎる。
ここで平井氏は、時間軸を取り入れる。その現在地点にSWOTを置く。
過去から現在へのダイナミズムに目をやれば「歴史的経緯の理解」が進む。
現在から未来へのダイナミズムに思いを飛ばせば「シナリオを描く」という作業が可能となる。
この、過去から現在を経て未来に至るダイナミズムを理解することが、さらに重要なことであると平井氏は説く。
かように平井氏は、シャープでクリアに物事を説明してくれる。だが、事前に私が勝手に想像していたような「冷たさ」はない。むしろ、「私もよく失敗するんですけど…」と柔らかい口調で自らの失敗を(コンサル事例からデートでの不興まで)クイズのネタとして紹介される姿は、むしろ「温かみ」に満ちていた。
当夜の講演は、次の4つのパートに分けて進められた。
- 9つの思考のクセ
- 本質思考とはなにか-構造と因果から考える-
- 真の問題解決に向けたヒント
- 日々のちょっとした訓練法
このうち「2.本質思考とはなにか」については、概ね説明してきた。
残りの3パートの詳細は書籍『本質思考』に譲るとして、以下では講演の中で平井氏が発された言葉のうち印象的だったものをランダムに紹介してみたい。
題して『平井語録』。
「人は、考えているようで考えていないんじゃないか」
反射的な対症療法、一般解止まり、分析止まり、手続き偏重、主体性なき追従、枠組み依存症、ラべリング止まり、キーワードで思考停止、初期仮説への固執。これらすべて「考えていない」ことの特徴である。
「世の中のあらゆる事象は正と負の二種類のフィードバック・ループでできている」
要素と要素をつなぐ、その無数のループを因果ループ図に落とし込むことで、事象の背景にある本質が見えてくる。
「従来の経済学の、価格形成を需要と供給の直線グラフの交点で説明する説明は、あまりに静的」
価格形成を動的に捉えるシステムダイナミクスでは、価格は時間経過の中で変動するものとしている。どちらがより実感に近いかは明らかだろう。
「世の中、線形の関係のものは意外と少ない。そして企業の成長率と収益率にも非線形の関係がある」
線形とは、変化が直線的なこと。非線形は、だから非直線的な変化の意。後者は、エスカレート、成長・減衰、振動、Sカーブ、ライフサイクル、目標(均衡)到達、の6種類に大きく分けられる。
「ダイナミズムを考えるには、フローよりも、ゆっくり着実に効いてくるストックの要素に着目する」
そしてフローとストックの状況が変わる時に、現象の相が変わる(相転移する)ことがある。自動車販売も、各世帯(各個人)に一台ずつ行き渡った段階で、新車販売(フロー)から買い替え需要対応(ストック)へと市場特性が変わる。氷、水、水蒸気、同じものでも相が変われば形質は異なる。
「『できること』と『本来やるべきこと』は得てして異なる」
本質から考えないと、安易に前者ばかり実行することになる。
「何かを変えようとしたら構造を変えるしかない」
現象を、現象のレベルで変えようとすると、構造が反発するだけ。物事を本質的に変革しようと思えば、構造から変えるしかない。
「自分たちの枠の『外』を作り、そこのせいにすると、その問題は永久に解決できなくなる」
自分たちの手の届かない「外部」は「できない」言い訳の温床。全てが因果でつながるシステムダイナミクスの考え方では、システムから切り離せる外部は存在しない、という前提に立つ。
「ロジックツリーも、単なる要素分析では要素間の何かが抜け落ち、大事な因果関係が消えてしまう」
ツリーの目的は分類ではなく、打ち手の創出である。本質から考えることで、より有効な打ち手に結びつくツリーとなる。
「文明が生まれてこの方、人間の生き方の根幹は変わっていない」
だから歴史に学ぶ意義があるし、古典に触れることが重要になってくる。
「主語を決めないと前に進めない」
自社でなく他社でも通用するような戦略は、一般解と同じ。例えばダイエットでも、「運動する」と言うレベルの解決策では具体性がなく、続かない。
平井氏の場合、「チョコの代わりにスルメを噛む」(チョコは平井氏の大好物、スルメは低カロリー)。この解は、万人向けではないが、自分(平井氏)にはよくあてはまる。だから継続できる。
自分にしか該当しない特殊解に落とし込んでこそ、戦略の意味がある。
最後に平井氏は、最近読んだ臨床心理学の本にあった記述として、こんな話をしてくださった。
生まれてすぐの人間(赤ん坊)は、主観のかたまりである。それが、母乳を認識し、乳房を認識し、母親を認識し、父親を認識し、…と段階的に少しずつ客観的世界を拡大していく。それが成長である。
やがて人は、30代から50代で、世界の果てまでを客観的に理解する。
ここに至った人間は、次のいずれかに分類される。
ひとりは、諦める人。
もうひとりは、今一度自分の主観を取り戻して何かを達成しようと願う人。
言うまでもなく、後者は成長を続ける人である。
主観を取り戻すと言っても、今更赤ん坊に戻るわけには行かない。
自分を主語に、何をしたいのか、何をすべきか、本質から考える。
そしてその結果を自分の中に持ち、それを目指して行動する。
その時初めて、人は、スタティックなアナリシスを離れてダイナミズムに満ちたストーリーの中へ、自らが因果の一つとなって飛び込んでいくことができる。
その生身の姿のひとつが、平井氏その人であった気がした。
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