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今月の1冊

2014年10月14日

『いい感じの石ころを拾いに』

いい感じの石ころを拾いに
著:宮田 珠己 ; 出版社:河出書房新社 ; 発行年月:2014年5月; 本体価格:1,600円税抜

ちょっと前の話になるが、今年の私の夏休みはとても贅沢な1日から始まった。
休暇前の仕事の繁忙期に、娘の夏期講習の手配や部活動の夜練の送迎などと夏休み特有のフォローが重なり、何も計画できないまま、というかむしろ倒れ込むように夏休みに突入した。
考えてみれば、普段の休みは、美容院の予約、子供の通院、役所の手続きに行くなど、この時とばかりに予定が朝からびっしり。しかし、はからずも今夏はまったくフリーな日中の時間がふとできた。予定にも時間にも縛られずに過ごす休みはいつ以来なのか。・・・・なんと自由で贅沢な時間!としみじみとかみしめながら西荻窪駅前を散策。ぶらりと立ち寄った書店で、眺めていると目に留まった。
 
『いい感じの石ころを拾いに』
波打ち際をバックに、形や色模様はさまざまだが掌に収まる大きさの石を、ならべている表紙。帯には「ただそれだけが気持ちいい」とある。おもわず手に取りたくなる「いい感じ」のする本だった。と同時に、石ころ?! 石拾い?! 誰がこんな本を書くのか?というのも正直な第一印象。

宮田珠己・・・あ、やっぱり。
「行き詰まった時に読みたくなる、力がいい具合に抜ける作品だ」と新聞の書評で紹介されていたのをきっかけに手に取るようになった宮田氏の作品。
昨年末、吐き気がするほど忙しかった時期に読んだ『ときどき意味もなくずんずん歩く』で気分が軽くなったのを思い出す。
今もまた、「力がいい具合にぬける作品」を欲している、そんな時期なのかもしれないと思った。

宮田氏は、主に旅とレジャーのエッセイを中心に執筆活動をしている。彼の数々の冒険?!をつづったエッセイは、奇想天外で思わずニヤニヤしてしまう。報復絶倒ではなくニヤニヤ、ここが宮田氏独特の味である。さらに、彼の発想や物事の捉え方が、私には実に新鮮で面白い。
特に、私が好きなエッセイは、『ときどき意味もなくずんずん歩く』に収められている「スチュワーデス=ゾウガメ理論」。極度の飛行機恐怖症を克服するためのアイデアを悶絶しながら考案する様子は、お気の毒でありながら思わず吹き出すエッセイ。
2つめは、「希望職種は冒険家」。上司との雑談がキャリアプランの面談と気づかずに将来大陸横断をしたいと語り、人事部に「希望職種 冒険家」と報告されてしまう。そのくだりの描写も油断をしているとついにやけてしまう。
「発作と遭難」では、突如京都へ行こうと思い立ち、大阪千里丘陵から10時間以上かけて歩いたり、深夜二時に思い立ち奈良の大仏に向かって歩き出したり。トルコのカッパドキアや利尻島一周で遭難寸前に陥りそうになったのも「発作」だったらしい。

「そのままどんどん歩いて何か月も歩き倒せば冒険家になるのだろうが、そんなつもりはさらさらなく、なんかちょうどいい場所に着いたら終わりである。何がちょうどいいかというと、何かの終点とか行き止まりとか大仏とか親戚の家とかが、ちょうどいいように思う。」

「ちょうどいい」
自分でも気づかないうちに、やり遂げるとかこうでなければならないと凝り固まった思いに縛られていることに、はっと気づかされる。そうなのである、私が宮田氏の作品を読みたくなるのは、なぜか仕事と家事・育児をなんとかしてやりきらなければと思って、自分をがんじがらめにして、深呼吸できなくなっているときなのだ。

仕事のために読む本をビジネススーツに例えれば、宮田氏の作品は着心地の良い部屋着なのではないかと思う。自分始点の「ちょうどいい」感覚。
そんな彼が、今度は「石ころ」にむかった。とにかく、価値のある石より、感じのいい石を拾おうではないか・・・と。

「拾うのは価値のある石ではない。
なんでもない石。
何石かもわからないことがほとんどだ。調べようとも思わない。 
そうやって適当に石を拾ううちに、少しずつ本気が出てきて、
もっといい感じの石はないか、と考えるようになった。
別の場所へ行けば、もっといい石があるのではないか。
旅のついでに拾うのではなく、拾うために、
いい感じの石がありそうな場所へわざわざ行く。
そういうこともやってみようかと思ったのである。」

宝石や鉱石ではなくあくまでも「石ころ」が「いい感じ」。東京ミネラルショーや石の専門家を訪ね、有名な石に魅せられそうになりながらも、やっぱり「いい感じ」の石ころを求めて出かける。北九州では、「赤いハート型の穴が開いた石」、コロナのような炎の揺らめきがみえる「ビックバン石」を、津軽では豆大福のような丸くて凸凹のある石「何石とかどうでもいい」、茨城県では色彩豊かな石を拾う。石の世界をかなり楽しんでいるのである。

読み進めていくうちに、私も「石ころ」が魅せる世界や宇宙にひかれ、つい拾いに行こうかと思ってしまう。
読書の秋。「いい感じ」「なんとなく」で本を選んでみてはいかがでしょうか。贅沢な秋の夜長の時間となるのではないでしょうか。

(前田 祐子)

 

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