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夕学レポート

2015年12月11日

世界の法則を掴み、冒険の旅へ出でよ|橘玲さん

photo_instructor_787.jpg「経済的独立」。
「自由」。
「人生のデザイン」。
橘玲氏の言説を貫く信念を象徴する、3つのキーワード。「経済的独立」によって「自由」を手に入れることができれば、「人生が(効率的に)デザイン」できる。とはいえ人生は偶然の積み重ねでしかなく、そのほとんどは運命に左右されているのもまた現実なわけで、だからこそ可能な限り合理的な設計が必要なのです、と氏は静かに語り始めた。
家族、会社、国家――どれに依存していたとしても安泰なものなど何ひとつない。不測の事態が起きた時、共倒れになるのを避けるために欠かせないのが、経済的独立だ。そのために必要な対策として、株式投資などの金融ノウハウは、これまでも惜しみなく開陳してきた氏である。では2015年12月のこの時、氏が持っているテーマとは何なのか。会場が固唾を飲んで見守る中、掲げられたのが、「ベルカーブ」と「べき分布」、そして数学者で経済学者のマンデルブロが説いた「複雑系」の概念図だった。


ご存じの通り、「ベルカーブ」はサンプル分布が左右対称の釣鐘(ベル)型になる正規分布で、「べき分布」は、極端な値をとるサンプル数が多いために大きな値の方向に向かってなだらかに曲線を描きながら「ロングテール」を伸ばしていく確立分布図だ。一方「複雑系」は、「因果論」と上記で述べたような「確率論」をさらに凌駕するメタ概念だが、複雑といえどもカオスと違い、そこにはきちんとした「秩序」が存在するところがポイントだ。我々が現代の世界を理解するには、これらの法則を自家薬篭中のものとし、それぞれを見極めていくことが大切なのだ、という。
例えば、一昔前の株式市場は「ベルカーブ」のような安定的な統計モデルで把握することができると無邪気に信じられていたが、マンデルブロが説いたように、もはや市場すら「複雑系」と捉えることができ、からみあう重層構造の中から「因果」を見つける方法論が示唆されているという。また、現代の社会で優先的に評価される言語的知能や論理学的知能も変換可能な単なるシミュレーション(プログラム)能力と置き換えられるとすれば、こんなに「ベルカーブ」的なものもない。さらに、「ベルカーブ」的にしか測られない究極の姿として氏が挙げたのが、日本のビジネス界である。
変わることのない学歴偏重・終身雇用の人事体制と、若い人ほど顕著に罹っていると思われる同調圧力の呪い。専門性が高い仕事ができ、本来なら「クリエイティブクラス」に分類されるはずのスペシャリストをも「バックオフィス」に抱え込み、マニュアルに沿った「マックジョブ」を下命し続ける、日本のカイシャ。昨今ではバックオフィスの内にすら上級―下級のヒエラルヒーが生成されているという。上級に呼応するのが正規雇用、下級が非正規だ。しかし、近い将来も、どうしたって日本の企業が自発的にこれを解体するとは思えない。解体すれば年功序列制度が崩壊してしまうからだ。これでは個人がどんなにがんばっても、自由な人生など実現できるわけがない――。畳みかけるように繰り出した後、しかし向き直って氏は続けた。
「現代の知識社会を支える皆さんには、合理的なかたちで人生のデザインができるよう、まずは経済的自立を達成した上で、[バックオフィス]を抜け出して自由になり、若い人たちの模範になって欲しいと願います」「1度しかない人生、自分の可能性を試し、予測不能なロングテールを掴んでください」
氏のメッセージは、予測可能な「ベルカーブ」的人生よりも、「べき分布」「複雑系」からビジネスや人生設計のヒントを得たチャレンジングな生を行け、ということかと理解したが、正しいだろうか。最後は、著作に触れて自分の人生を軌道修正しました、起業したんです、と語る若いビジネスマンが競うように手を挙げ、熱を帯びたまま質疑応答は時間切れとなった。世界の法則を掴んでスマートに生きる氏の背中を追う若者が増えれば、日本も少しは変わるのかもしれない。

茅野 塩子

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