夕学レポート
2016年05月16日
悲観するに値しないということ 井上光太郎教授
M&Aと聞くと、経営者や管理職層、次期管理職候補のみなさんはどう思いますか。
やっぱり当時のホリエモン事件に代表されるように、「自社」が「部外者」から食い尽くされ、コツコツ築き上げてきた自社というマイホームが荒らされるイメージだろうか。最近、テレビに返り咲いたホリエモンはちょっと、体はスリムに、しかし雰囲気は丸くなったような気がする(笑)いや、絶対、前よりイイ感じ。そんな彼が今華やかな買収劇を披露したら、被買収会社の経営陣も彼の舵取りを信頼してみようかなぁと思ったりするのではないか。
結局、M&Aは個人の気持ちの問題なのだと、井上光太郎教授は説く。
M&Aとは一時的に利害関係が一致したときに2つの企業が協業するアライアンス(提携)とは異なり、2社が法的に一つの企業になることをいう。合併(Merger)と買収(Acquisition)の二通りがあるが、買収の場合には、買収企業が被買収企業に支配プレミアムを株価に上乗せして支払う。教授の研究よれば、日・米・英でだいたい株価の40%をプレミアムとして上乗せするようだ。100億円の会社にまず、140億円支払うのだから、被買収企業にはいずれ140億円の利益がもたらされる見込みがなければ買収は成立しない。
2つの企業が一緒になる決断の背景には、効率性の改善がある。キリンとサントリーが当時合併に向けて協議した理由は、営業の効率化がある。でも、結局うまくいかなかった背景の一つには、効率化により居酒屋獲得を担当する人員を削減した分、元キリン/サントリーの社員がこぞって、新興市場である東南アジアへビールを売りに行くだろうかという疑問が解消されなかったことがある。営業マンの中には、慣れ親しんだ職場や客先から外に飛び出すことに対する心理的な壁があったかもしれない。
教授は、市場環境の大きな変化に伴い、統合・分離をする場合にも見られると説明した。電力事業を担う会社は「地方名+電力」と名のついた会社しかないのかと思いきや、4月の小売自由化を背景に、携帯電話会社や通信事業者の参入も始まった。これらの新規参入者が「地方名+電力」のいわば大企業と合併することがあるかもしれない。
教授の研究によれば、日本人の不確実性(リスク)の回避、経営者の楽観思考の弱さ、雇用調整の困難さの3つが、M&Aが不活発である要因ではないかとのことである。日本は楽観的でもなく、悲観的でもない。アンケートを実施すると、よく「どちらでもない」に○をつけるような人種のようである。その結果が、国際比較をした際のM&A実績件数の少なさに表れている。
また、社外取締役の起用の低さに表れる不確実なガバナンス体制の回避、経営者の楽観度、雇用調整の困難さに至っては、広く日本企業の成功を考えたときにもやっかいな問題を生み出している。教授は国際比較上の日本企業の低収益要因としてこの3点を挙げた。
この3点のうち、実は大切であるという認知度が低いのが、「経営者の楽観度を向上させること」ではないかと思う。また、3点はそれぞれに変革に係る様々な困難が生じるが、経営者の楽観度の変革には特に、個人の資質が関ることからも、一筋縄ではいかないような印象を受ける。
社外取締役活用の動きは、平成26年の会社法改正により最低1名の設置が推奨されたことから法改正という外部要因が働きかけることで、効果を持つ運びになる可能性が高い。また、雇用調整における変革は日本社会全体の課題として多くの人に認識されているところであり、社会保障費の増大や女性の活躍という観点から、これを変革しない道はむしろあり得ないのではないか。しかし、経営者の根本的楽観度については、就任後、社内の要因または、外部環境要因によって変革できるものだろうか。
ここで楽観主義の事例として星野リゾートの取り組みを参照したい。同社には「ミス撲滅委員会」があり、ホテルの従業員がミスを報告した事実を褒め、ミスをした人を絶対に責めないというルールで経営を実践している。このことにより、本来「できれば避けたい将来のよくないこと」であったミスの印象が変わり、「なるべくなら起きない方がよいけど、将来自分の身に起きても大したことないこと」になるのではないか。その分、人々は楽観的になるのだと思う。これは、個人の性質そのものを変革するというよりは、悲観視する事象事態を撲滅していく動きだけれど、これはつまり、将来起こりうる大方のことは「悲観するに値しない」という発想の転換である。
星野佳路さんは、学生時代に競技スキーの体育会部活動で、自分の限界を超えた練習メニューをこなしたことで、楽観的になったという。星野さんにとって、大方の辛い練習は「悲観するに値しない」ことになっていったのだ。この発想は、不確実な未来を生き抜く経営に欠かせないものではないか。そもそも将来起こりうることが予測できず、漠然とした不安に駆られるのであればそんなものは「悲観するに値しない」。
ホリエモンと組むことは当時、被買収候補先の経営者から悲観的に捉えられていたのかもしれない。今となって、実現しなかった買収劇の結果は誰にもわからないことだけれど、M&A件数が増加し、ニュースでも異業種間の合併が活発化する現在から振り返ってみると、それは被買収先の経営者にとって「悲観するに値しない」ものだった可能性もなきにしもあらずである。
せめて経営者や管理職層には大きなビジョンで行動し、不確実な世界を生き抜く心意気と貪欲な経験値への執着を求めたい。
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