夕学レポート
2017年07月28日
関係の中で 佐藤祐輔さん
少し早めに着いたので会場ビル内を歩いていると、日本酒専門の居酒屋の看板で「新政」が他の日本酒よりも高めの値段がつけられているのを偶然発見する。今回講師の佐藤祐輔氏は新政酒造の八代目社長。自分と同世代の人が大活躍しているのを見るとやはりある種の感慨とでもいうようなものを覚える。同世代から社長が出る世代、自分ももうそんな歳になったのだ、とか。そうこうするうちに講演が始まり、想像よりも細身の佐藤氏が現れた。
かつてフリージャーナリストとして活躍されていただけに、講演でも「日本酒の現状」が具体的な数値と共に紹介される。想像はしていたけれど大変に厳しい。売れないけれど(あるいはそのために?)コストダウンの技術で価格を下げてしまっている。そうした中でも純米酒だけは堅調だそうだ。「作り手の預かり知らぬところ」での不思議な人気。
そもそも日本酒とはどうやってできるのだろう。知っているようで知らない世界を佐藤氏は、「リノベーション」という観点から紹介した。
リノベーション?
日本酒の製法はどのように変化してきたか。中国の影響を受けて発達した縄文、弥生、鎌倉時代。日本独自の製法が発展した室町、江戸時代、そして西洋の影響を受けて国家の管理が始まる明治時代以降と紹介する中で、明治政府が徴税目的で日本酒の指導に乗り出したことを知り驚いた。また明治以降はおいしい酒造りのためトップダウンで様々な施策が開発されたことも知った。日本酒が愛されていることがよくわかるエピソードだ。
佐藤氏は新政を語る上で切っても切れない「第6号酵母」(きょうかい酵母)を紹介した。それは新政の第5代目の時、酒造技師小穴富司雄氏により発見された優良酵母のことだ。1930年代、国家による酒質指導のため他の1~5号が発売中止となり第二次大戦中の酒造りが第6号酵母のみで行われ、現在ある19号酵母まですべての清酒酵母の「母(EVE)」であるそうだ。とても誇らしいことだろうと思う。ここから話は酵母や生酛(酒母の製法の一種)、生酛のみの伝統的製法の酒造り、さらにはかつてのように木桶を使用した酒造りと伝統回帰の製法に至った理由と効能へと展開する。
不思議な繋がりとでもいおうか、生酛について言及された時に「微生物の森で酒は造られてきた。ところが効率の悪い木は切り倒されてしまった」(麻井宇介『酒をどう見るか』)と、どこかで聞いたことのあるような言葉が紹介された。
「微生物の森」。すぐに思い出した。「森は海の恋人」をモットーに、漁師でありながら植樹活動をしている宮城県気仙沼の畠山重篤さんだ。おいしい牡蠣を養殖するには海にプランクトンがたくさんいなければならない。そのためには山に木がたくさんあることで豊かな土壌を育て養分が雨とともに海に流れ込まなければならないと、植樹をしている。海で活動する漁師が山で植樹をする。一見、突飛なことのように思うかもしれないが、自然のサイクルを考えるとこれは大変納得のいく話なのだ。同様の問題を酒造りでも抱えている。気がつくと、佐藤氏は木桶作りと伝統技術について話している。
今ではホーロータンクで醸造した後に杉樽で貯蔵しているのが主流だそうだが、木桶の方が木の成分が微生物の力によって発酵作用を受け香味が豊かになり、酒にポリフェノール(タンニン)が給されて「酒が頑丈に」なったり、リラックス効果があるそうだ。「酒が頑丈になる」、プロの響きだと妙に感動する。ところが残念なことにすばらしい価値を持つ木桶にも関わらず、酒屋が木桶を使わないため全国の桶屋が廃業に追い込まれている。
そこで新政酒造では自社生産を目指して桶職人を教育している。同様のことを小豆島の醤油蔵元でもしているそうで、こちらは2年前に六尺大桶の製造をしているそうだ。戦後GHQの指導によりアメリカ木材を購入し、そのため間引きなどの適切な管理がされず放置された山林は荒廃、土砂災害を起こしやすくなる。ここでも木桶を一主体とした連関が見えてくる。佐藤氏もこれらの繋がりを示すチャートを紹介した。
もしかして…と何となくの予感がした。すると想像通り、昨年から自社田での無農薬栽培を始めているというではないか。紹介される自然栽培による自然との共生関係。やはりそうなるか。
何か一つのものを究めようとすると逆に自然、世界と繋がっていることに気づき、その中で生きていることを意識せざるを得ない。前述の畠山氏もそうであるし、きっと佐藤氏も良い日本酒を作ろうとする中でそうしたことに気づかれたのだろう。活動が酒造り、木桶造り、自社栽培に留まらず、林業や茅葺屋根のメンテナンスなど多岐に渡ることを計画している。新政酒造は別会社を作るのだろうか。楽しみだ。
佐藤氏は多様性を強調する。酒造りでも、山林のありようについてもだ。それが頭から出てきた言葉でなく、活動する中で獲得したと講演から伺えるのが聞いていて心地良かった。
(太田美行)
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