夕学レポート
2018年01月19日
“結果にコミット”がもたらすもの 瀬戸健さん
印象的なキャッチフレーズと、有名人を起用したTVCMで有名なトレーニングジムの「ライザップ」。ここ数年であっという間に一流企業の仲間入りを果たしたRIZAPグループを率いる瀬戸 健さんは、まだ30代の若さ。しかし、壇上の瀬戸さんから”切れ者特有の威圧感”は伝わってこない。明るく快活な姿から、「等身大で語る、ウソが無い人物」という印象を受けた。
講演はご自身の半生を振り返るところからスタートしたのだが、特に20歳前後のエピソードには今の瀬戸さんのビジネススタイルにつながるエッセンスがぎゅっと詰まっている気がした。興味深い内容だったので、かいつまんでご紹介したい。
努力がもたらす自己肯定感
瀬戸さんは高校卒業後の一時期、アルバイトをしながら暮らしていたそうだ。特に不自由もなく楽しく過ごしていた頃、とある女性から告白された。ふくよかな体型でおとなしい性格の女の子。彼女が自分の体型にコンプレックスを持っていると知った瀬戸さんは、交際をスタートして間もなく彼女とともにダイエットを始めた。
くじけそうになる彼女を励ましながら一緒にジョギングを続けたところ、3ヶ月で23kg、最終的にはなんと30kgものダイエットに成功。結果、彼女はやせただけでなく別人のように明るくなり、やがて大学生の男性と恋をして瀬戸さんの元を去ってしまった、という悲しいオチがつく。
これだけだと「あ、その経験がトレーニングジム経営につながるのね」という感想で終わるのだが、この話には続きがある。
ガールフレンドを大学生に奪われた瀬戸さんは、悔しさから一念発起して大学受験を目指す。もともと勉強にはあまり興味が無かったそうだが、いったんやると決めた瀬戸さんの意思の強さは相当なもので、予備校の寮に入り、仲間と寝食をともにしながら勉強に明け暮れたそうだ。努力はしっかりと実を結び、偏差値は倍近くにはねあがって無事大学に合格。
ただ、残念ながら第一志望の大学には落ちてしまった。
文字どおり血を吐くような頑張りを重ねたにもかかわらず、望む結果を出せなかった瀬戸青年の無念はいかばかりか……。わたしのそんな勝手な想像を、瀬戸さんは「でも、めちゃくちゃ幸せな気持ちになったんです」という一言ではねのけた。
高い目標を達成することも大切だが、その裏にある自己の限界を超えるほどの努力。この経験こそが本当の宝物であり、ときに人生を変えるくらい強烈な自己肯定感を生む、と瀬戸さんは言う。
“結果にコミットする”というあのキャッチフレーズを聞いて、ライザップは結果にのみ価値を置いている企業と感じた人も多いだろう。
もちろん結果を重視しているのは間違いないのだが、と同時に、結果を出す過程で得られる「わたしはここまでがんばった」という自信を提供することこそがライザップの目指すものであり、信念なのかもしれない。
では、何だったらできるのか
大学入学後も、瀬戸さんの努力は続く。
それまでは本を読む習慣を持たなかったため、「読書のハードルを下げよう」と、まずは書店に足を向けてみた。最初のうちは読みたい本が見つからずマンガを買って帰る日々だったが、通い続けるうちに「これなら読めるかも」と思える本に出会えるようになった。
しかし、せっかく買った本ではあるがどうしても積極的に読む気になれない。それでも”読む→寝落ちする”をくり返すうち、少しずつ読み進めることができるようになり、最終的にはひと月に30冊もの本を読みこなすほどの熱心な読書家になったそうだ。
瀬戸さんは、「『できない』と思った瞬間に思考は停止する。『では、何だったらできるのか』と自分に問いかけるんです」と話した。
いまできることからひとつずつ。これ以上の正論は無いのだが、多くの人はゴールまでの長い道のりを想像しただけで「無理だ」とあきらめてしまう。
一足飛びでムダ無く駆け抜けてきたように見える瀬戸さんの人生だが、実はコツコツと積み重ねた真摯な努力に裏打ちされているのだということがよく分かるエピソードだった。
プロセスを楽しむ
瀬戸さんの会社はかつて「豆乳クッキー」で大成功をおさめたことがある。
お話を聴いていて唐突に思い出したのだが、実はわたしもこのクッキーを何度か購入したことがある。楽天市場を眺めていたらやたらと目に付いたので買ってみたところ、おいしかったので数回リピートしたのだ。
わたしのようなライトな消費者も含め、「豆乳クッキー」は多くのファンを獲得して売れに売れた。しかしその勢いはじょじょに薄れ、やがて会社は窮地に立たされることになる。
社員は1/3にまで減り、それまで親しかった取引先が手のひらを返す中で一度はくじけかけた瀬戸さんだったが、会社に残ってくれた数少ない社員に励まされて元来の強さを取り戻す。
瀬戸さんに言わせると、「山登りにおいて、山頂はあくまで”点”でしかない」そうだ。
「山は、登ること自体に楽しみがあるんです。山頂への到達を目的にすると、大切なことを見間違ってしまう」と。
これは強者の論理かもしれない。失敗から立ち直れたから口にできる結果論だ、と感じる人もいるだろう。しかし、辛いときにこそ「プロセスを楽しもう」という気概を持たなければ、立ち上がるきっかけすらつかめないのは事実だ。
努力の総量が未来を変える
瀬戸さんのお話は終始前向きで、周囲への感謝と、逆境をも味方にする強さに満ちていた。でもそれは根拠のないポジティブさではない。
「世の中でどれほどの人が、自分の可能性に対して本気でスイッチを入れているのでしょうか? ほとんどの人はやりきっていない。だからこそチャンスがあるんです」
これは、絶え間ない努力を続けてきた人だけが投げかけることのできる言葉だ。
今回はわたしにとって2018年初の夕学五十講だったのだが、年始に瀬戸さんのお話を聴けたのはラッキーだった。気持ちのいい”喝”を入れてもらい、身の引き締まる思いで「今年はどんな目標にコミットしようか」と頭を巡らせる機会を得ることができた。
……いやその前に、まずは正月太りしたこの身を引き締めるべくジムに通わなくては。
(千貫りこ)
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