夕学レポート
2019年12月04日
柔よく剛を制す。女性活躍のニューモデル 中川順子さん
今夜の講師は今年4月に「一般職で野村證券に入社し、野村初の女性執行役員を経て、グループ中核子会社で初の女性社長に就任!」と話題を集めた中川順子さん。企業の女性社長というと、いかにも才媛然とした切れ味鋭いタカラヅカの男役風のイメージか、サービス系業種であればゴージャスなマダムっぽいイメージが強い。しかし中川さんはそのいずれでもない。
「きれいなお母さん」のような社長
中川さんは、もしPTAの集まりで座っていれば周りの主婦たちの中にしっくり馴染んでしまいそうな感じの、清楚でフェミニンな印象。話し方にも押し出しの強さは全く感じさせない。
スラリと細身のスタイルに上品なヘアスタイル。鮮やかなエメラルドグリーンのセーターの上にグレーのジャケットを着て、黒いタイトスカートにハイヒールを美しく履きこなした姿は、授業参観で学校にやって来た「きれいなお母さん」といったイメージだ。
実際に中川さんは野村證券時代に、ご主人の海外転勤に帯同するため会社を辞めて専業主婦をやっていた時期が4年ほどあったという。 そして退職後も社員時代のお仲間と連絡を取り合っていた縁で、同じ野村グループに新設会社ができた際に声をかけてもらって仕事に復帰。当時は復職制度もなかったので、完全なる「再就職」だ。その後はトントン拍子に輝くばかりの昇進を遂げる。
男性社会の金融業界に一般職で入職し、キャリアを一旦中断しながらも日本有数の資産運用会社のトップにまで昇りつめたという稀有なケース。 もちろん、そこまでの過程には筆舌に尽くしがたい苦労もあったに違いない。少なくとも単なる「きれいなお母さん」というだけでないことは想像に難くない。
女子社員は”お嫁さん候補”だった
そもそも出身が異色だ。大学こそ産業界では名門の神戸大学だったが、経済学部や法学部ではなく、文学部哲学科だったという。卒業して一般職で支店に入社した1988年当時、女子社員に大卒はほとんどおらず、大部分が短大卒や高卒だったそうだ。
その2年前に男女雇用機会均等法が施行されてはいたが、世間の意識は旧態依然。”お嫁さん候補”の一般職は、3年以内に社内で結婚相手を探して”寿退職”するのが普通と考えられていた。でも仕事を辞めたくなかった中川さんは、入社3年後に総合職に職種転換する。結婚後も仕事を続け、人事部門や投資銀行、財務部門などさまざまな業務を経験。子供ができたときに支援してもらえるようご両親を東京に呼び寄せる、などを考えていたという。
中川さんのバイタリティはご両親譲りなのかもしれない。娘に”寿退職”を迫るどころか、かなりの年齢になってから娘の支援のために引っ越すというのは、口で言うほどたやすいことではなかったはずだ。しかし38歳の時にご主人が海外転勤となる。家族と仕事のどちらかを選択せざるを得ず、やむなく仕事を断念した。
日本女性の活躍を阻むのは
ILOの報告では、世界の管理職に占める女性の割合は27.1%(2018年)、いっぽう日本は12%とG7で最下位だ。また帝国データバンクの調査によれば、日本の女性社長の割合は7.9%(2019年4月末)。その中でも多いのが年商「5000万円未満」の「同族承継」社長であり、年商「100億円以上」になるとその割合はわずか1.4%に留まる。
日本の女性の活躍を阻んでいるものは何か。メディアでは「教育」や「出産・育児」をその理由に挙げるが、本当にそうだろうか。教育については、高校までのカリキュラムについても大学進学率についても、現代では男女の差はほとんどない。出産・育児についても各種制度が整ってきている。機会は男女で平等化されているといっていい。なのに結果の平等化がなされないのは何故か。
私の考えるところ、何よりも女性たち自身の”意識”が元凶だ。ネットの掲示板などを見ても「専業主婦でのんびりさせてくれる優しい夫がいい」「子供のために専業主婦でいたい」といったことを主張している女性がまだまだ相当数いる。
こうした意識は戦前~昭和にかけての価値観から抜け出せない母親によって娘に植え付けられるのだろう。昭和が終わり、平成が30年も続いて終わり、今や令和の時代になったというのに、古色蒼然とした夫婦観は意外なほど根強い。
人生100年時代。30歳前後に結婚したとして、残る70年のうち、子供に手がかかる時期なんてわずか十数年のこと。 その後の50年以上の人生を家事だけに費やすというのか。低成長時代だからダブルインカムでないと家計が立ち行かないという側面もあるが、それ以上に、経済や文化がグローバルに広がり続けるこの時代に、小さな「家庭」の中だけで完結する人生はいかにももったいない。
中川さんのように、一旦諦めたトラックに再び乗ることだって選べる時代になっているというのに…。
仕事を楽しくやること
今夜の演題は「人生100年時代におけるキャリアと資産形成」というものだったが、受講者の関心は”資産形成”よりも”キャリア”の方に集まっていたようで、質疑応答では8件のうち7件までがキャリア絡みだった。とりわけ「中川社長のキャリア観を聞いてみたい」という女性が多かったようで、いつになく女性会社員の挙手が続いた。
その中に「思うように仕事ができない」と訴える社会人9ヶ月目という新卒女性からの質問があった。「自分のアイディアで上司を説得できなくてモヤモヤする」という。 それを聞いて私などは「いやいやいやいや…いくら何でも1年生には無理でしょう!」と心の中で盛大にツッコンだ。
しかし中川さんは微笑みながら優しく頷き、「1年目なんてそんなもの。むしろチャンスをくれているのは見込まれていると思っていい」「モヤモヤするのは当たり前、3年目くらいまではこれでいいのだという風にマインドセットを変える」「想像力を働かせて」「ブレットポイントを活用して」と、懇切丁寧にアドバイスをされるのだ。一刀両断、無慈悲なお局様の私と較べて、これこそ圧倒的な器の違いということだろう。
日本の企業で働く外国人女性からも挙手があった。「総合職として働いているが、この先、仕事と育児の葛藤に悩みそう。何か秘訣があれば教えて欲しい」との質問に対し、中川さんは即座に「人の手を借りる準備をしておくこと、育休はあまり長く取らないこと、そして仕事を楽しくやること」と答えられた。
楽しそうに仕事をしていると家族も進んで協力してくれるが、愚痴ばかり言っていると助けてもらえなくなる、というのだ。この答えは私の心にも染みた。中川さんはこうやって、どんな局面も微笑みながら楽しそうに乗り切ってこられたのだろう。なかなかできることではない。
恐らく中川さん自身は「一般職で入り、専業主婦を経て異例の出世」という切り口でばかり注目されることに、辟易していらっしゃるのではないか。金融畑での幅広い経験や知識をもとに”正当に”能力を買われて今のポジションに至っただけで、そこには特別な何もない、という矜持もお持ちに違いない。
しかし我々働く女性の後進たちにとって中川さんは、仰ぎ見る暗い夜空に道しるべとして燦然と光る北極星であることは間違いない。世間が、異例づくしのキャリアの軌跡に刮目し、畏敬することを止めることはできない。
どうか中川さんには、日本の女性労働力人口3000万人の夢の化身として、ますます輝き続けていただきたいと願うばかりだ。
(三代貴子)
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