ファカルティズ・コラム
2010年10月08日
報道に振り回されないために
私の嫌いな言葉に『マスゴミ』があります。
新聞やテレビなどの偏向報道、やらせ、誇張表現などを理由に、それらマスコミをこき下ろすときによく使われます。
私がこの言葉を嫌いなのは、本ブログでも以前述べたように「十把一絡げで語り、レッテルを貼る」のが、愚かな思考停止だと思っているからです。
さて、この『マスゴミ』発言の文脈でしばしば同時に言われるのが、「マスコミは事実だけをしっかり報道しろ」という主張です。
この主張、「報道は中立であるべきだ。だから主観を交えずに事実だけを伝えるべき」と言いたいわけですから、一見正論のようですし、賛同する方も多いでしょう。
しかしこれ、実はとんでもなく愚かな主張です。
なぜならば、どんなに「事実だけを報道した」としても、それに関わる「別の事実を報道しない」ことで伝わる意味内容は劇的に変わるからです。
つまり「事実だけを報道し、そこに主張を埋め込む」ことは可能なのです。
最近の報道の具体例で見ていきましょう。
「乗務予定が突然白紙 育児・ローン…日航パイロット困惑」(asahi.com)
上記は経営破綻したJALの人員整理に関する記事です。
さて、あなたはこれを読んでどう思いましたか?
退職を強要されているパイロットに同情しましたか? もしかすると会社のやり方に憤りを感じたのではありませんか?
だとしたら、それはこの記事を書いた記者が期待していた反応です。
実は私がこの記事を知ったのはTwitterでした。この記事へのリンク付で、「まずはトップから首を切れ」とか「やっぱりJALは腐ってる」などとツイートしていた方がいたのです。
私はその方たちの反応に違和感を憶えました。
なぜならば数ヶ月前は「JALは潰れて当然」とか「元々高給貰いすぎ。年金も返上が当然」とか「ANAと比べてJALの社員はなっとらん」の大合唱だったはずなのです。
それが今度は手のひらを返したようにJALの社員への同情を隠そうともしない。
だから私は「なんでこんなに簡単に報道に振り回されるかねえ」と思ったのです。
もうおわかりでしょう。
同じ状況であっても「誰の事実を描写するか」で、受け手の印象は全く異なるのです。
「JALの社員に対して同情してほしい」から、退職を強要されて困っている罪なき人の事実を描写しているのです。
誰が? もちろん記者が。
とはいえ、この記事は私は良心的だと考えています。なぜならば、最後に(申し訳程度とはいえ)人員整理する側の苦しい胸の内も描いてますから。
でも、この記事をそちらを中心に描くこともできるはずです。
たとえば「退職勧告した相手からの暴言や暴力でストレスを感じて痩せた」とか「首切り屋の家族ということで社宅でも孤立」とか、やっぱりいろいろあるはずなのです。
で、そちら視点の記事を我々が読んだら・・・
「自分と同じ感情や思いを受け手にも感じさせるためには、どの事実を報道し、どの事実を報道しなければ良いのか」
このくらいはモノカキであれば自然にやっていることです。
「~が懸念される」とか「~すべきであろう」などと一見して主観とわかる表現を使わなくても、この『見せる事実の取捨選択と見せ方』によって、主観のこもった主張をすることは可能なのです。
民主党を大絶賛していた人々が、今度は民主党を叩く。
アジア重視の外交を支持していた人々が、「中国けしからん」「弱腰外交だ」と叫ぶ。
これらの現象の背景には、我々がマスコミの報道の変化、つまりシチュエーションに応じて『見せる事実の取捨選択と見せ方』を変えていることに振り回されていると言えます。
残念ながら、真に客観的・中立的な報道など期待してはいけないのです。
だから我々も報道に振り回されないように注意すべきです。
少なくとも「この報道の仕方、裏にはどんな意図が?」と一度は考えてみましょう。
「この事実を伝えることで誰が得をするのか?」
「どんな事実がここではあえて語られていないのか?」
これ、報道に接する時だけでなく、実はビジネスでも重要なことのはずです。
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