KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

ファカルティズ・コラム

2011年10月14日

ジョブズは何を残したかったのか(前編)

Appleの創業者であり、経営者としてもカリスマであったスティーブ・ジョブズ氏が亡くなられました。
各界の著名人が追悼のメッセージを述べ、銀座のアップルストアでは献花する人が後を絶たず、また本日発売の “iPhone 4S”の4Sも「”for steve”だ」と言われるくらい、彼の死は大きな衝撃と哀しみをもって受け取られています。
私はAppleファンではありませんが、iPodは家族トータルで計6台を所有していましたし、また仕事柄経営者としても注目していましたので、やはり衝撃でした。
さて、様々な人達が彼の死を悼み、様々なメディアで彼の業績や人となりについて語っていますが、その際よく取り上げられるのが、彼が2005年のスタンフォード大学で行った、卒業式での祝辞(スピーチ)です。
今さら間はありますが、私も社会人教育としての切り口で、彼、スティーブ・ジョブズが何を言いたかったのか、そして何を残そうとしたのかについて、2回に渡って解釈していこうと思います。

ジョブズは最初に言います。「今日話すことは3つだけだ」と。
(1) connecting dots
(2) love and lost
(3) death


私たちは彼のスピーチから、そしてこの3つの論点から何を読み取り、学び、そして活かすことができるのでしょうか。
では、順番に見ていきましょう。まずは(1)の”connecting dots”、「点と点を繋げる」から。


彼は自分の波瀾万丈の人生を語り始めます。
大学院生のシングルマザーの元に生まれ、すぐ里子に出されたこと。大学には入ったものの意味が感じられず6ヶ月で退学してしまったこと。しかしモグリの学生としてその後も興味のある授業だけは受けていたこと。そして友人の部屋に転がり込み、まともな食事が摂れるのは日曜の夜の7マイル離れた教会の施しであったこと。
しかし彼は言います。
「この、退学して興味のあることだけやると決めたことが、人生最良の決断だった」
彼は通って(モグリですが)いた大学のカリグラフィー講座に興味を持ちます。カリグラフィーとは文字のデザインであり、デザインされた文字を作ることでもあります。日本の書道の英語版と言っても良いでしょう。
彼はそれを単に「面白い」と思っただけです。これが「何にどう役立つか」などは考えていませんでした。
しかしこれが10年後、Apple最初の、いや世界初のパーソナル・コンピューターであるMacintoshの開発に活かされます。Macは、今までの業務用コンピューターには無い、美しいフォントを搭載したまさにパーソナル(個人のための)・コンピューターとして誕生しました。
ジョブズが興味本位で学んだカリグラフィーは、こうしてコンピューターの中で形になり、その美しいグラフィックが多くの先進的なアーティスト、デザイナーを刺激しました。
Macがその後『クリエイティブな人のためのクリエイティブなツール』となったのにはこうしたプロセスがあったのです。
学生時代に学んだ講座という”点”、そしてMacの開発という”点”、ふたつの点が繋がって線となり、その延長線上にジョブズの成功、そしてAppleの今がある。
これを単に「ラッキー」で済ますこともできるでしょう。
しかし「運も実力のうち」とも言えるはず。
そしてこうした「幸運をつかむ力」を『セレンデピティ』と呼びます。
このセレンデピティを、米スタンフォード大学のJ.D.クランボルツ教授は、「計画的偶発性」(Planned Happenstance Theory)という、キャリア開発の理論に応用しました。
個人のキャリアの8割は予想しない偶発的なことによって決定される。
その偶然を計画的に設計し、自分のキャリアを良いものにしていこうという考え方です。
彼は「運をたぐり寄せるための行動特性」を研究し、この計画的偶発性は以下の行動特性を持っている人に起こりやすいと考えました。
 1. 好奇心 [ Curiosity ]
 2. 持続性 [ Persistence ]
 3. 柔軟性 [ Flexibility ]
 4. 楽観性 [ Optimism ]
 5. 冒険心 [ Risk Taking ]
「幸運の女神には前髪しかない」というイタリアの諺があります。
たとえば何かのイベントがあり、あなたと友人のふたりがそのチケットを誰かからもらったとしましょう。
友人は「どうせ暇だし、ちょっと面白そうだから」と気軽に出掛ける。あなたもちょっと興味を惹かれたものの、当日あいにくと雨だったこともあり行くのをやめたとします。
そして友人はそのイベントで偶然であった人と意気投合し、結果その人の会社に役員待遇で転職をすることになり…
あえて極端な例を挙げましたが、これに近い例はあなたも(どちらの立場かは別として)経験しているのではありませんか?
「雨のバカヤロー」と言っても始まりません。
「なんか面倒くさいな」と考えた自分に怒るべきです。
幸運の女神には通り過ぎてからつかむことができる後ろ髪は無いのです。
ジョブズもスピーチの中で2回”Curiosity”という言葉を使っていますが、まず「何か面白いことは無いかな」と好奇心のアンテナを張ること。
そしてアンテナに引っかかったものをつまみ食いするだけでなく、しばらくは続けてみること。
時にはやり方を変えたりしながら、うまく自分を適応させること。
「まあ得にはならないかもしれないが、やって損はないよな。命取られるわけじゃないし」と気楽に考えること。
そして「ちょっと難しいかな」と思っても、「ハードル高い方がチャレンジし甲斐がある」とリスクに正面から向き合うこと。
これらが「点と点を繋ぐ」ためのポイントであり、セレンデピティの構成要素です。
ここでジョブズの”connecting dots”の締めの言葉を引用しましょう。
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もう一度言う。将来点がつながるのを見通すことはできない。振り返ってつなげることしかできない。だからあなたは将来なんらかの形で点がつながると信じなければならない。ガッツ,運命,人生,カルマ,なんでもいい,なにかを信じなければならない。いつかこの道を進めば点がつながると信じれば,たとえ人と違う道に向かうことになってもハートに従う自信を持つことができる。それが違いを生むのだ。
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私も基本的に面倒くさがりです(笑)
しかしここ2年ほど、このセレンデピティの構成要素を意識してきました。
そうすると…やはり「点と点が繋がる」のです。
面白そうな「匂い」、役に立ちそうな「匂い」を嗅ぎ分けている感覚があります。
セレンデピティとは、要するに『自分にプラスになることに鼻が利く力』なのかもしれません。
そして鼻が利くためには現状に満足しないことが前提条件です。
だってお腹いっぱいの時にはおいしい匂いも時に不快になりませんか?
ジョブズがスピーチの最後で3回繰り返した言葉こそ、幸運をつかむための前提条件と言えるでしょう。
“Stay hungry, Stay foolish.”
「ハングリーであり続けろ。馬鹿であり続けろ」
あなたは現状に満足していませんか? そして常識に染まって変に小利口になっていませんか?



次回は「 (2) love and lost 」、そして「 (3) death 」についてです。

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