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ファカルティズ・コラム

2012年03月30日

『感性』という能力

「あの人は鋭い感性を持っている」
  と
「あの人は豊かな感性を持っている」
の違いはなんだと思いますか?
ほとんど似たような意味?
ではなぜ「鋭い」と「豊か」という形容詞を使い分けるのでしょう?
ということで、またもや言葉にこだわって考えてみましょう。

『感性』を辞書で調べると、
—————————–
1. 物事を心に深く感じ取る働き。感受性。
2. 外界からの刺激を受け止める感覚的能力。
—————————–
(デジタル大辞泉より)
と載っています。
『感受性』も類義語ですが、こちらは「感受性が強くて傷つきやすい」のように、ネガティブな意味も含む、より広い概念のようです。
ここでは「能力としての感性」について考えますから、基本ポジティブ表現である『感性』を使うこととします。
さて、上記の辞書的定義にもあるように、感性は能力のひとつと言えます。
しかしその能力の高さを表現する際に「鋭い」と「豊か」という2種類の形容詞がある。
これは何を意味し、どう使い分けるべきか。そしてこのふたつの形容詞によって表現される能力をどう活かし、伸ばすべきか。
これが今回のテーマです。


まず、定義と使い分けについてヒトコトで表すと、前者が感性の質(の高さ)、後者が量(の多さ)を表していると考えられます。
無線機のメタファーで表現すれば、「感性が鋭い」とはアンテナの感度が高い(鋭敏)ということ、そして「感性が豊か」とはアンテナの種類が多いということです。
アンテナの感度が高いから、微弱な電波を拾うことができる。
アンテナの種類が多いから、様々な帯域の電波を拾うことができる。
これを人間に戻して考えると、「人が気づかないような些細なことに気づく」のが「感性が鋭い」ということであり、「たくさんの刺激に反応する」のが「感性が豊か」ということ。
能力という視点で言えば、「感性が鋭い」とは『他人が面白いと思わないようなことを面白いと思える力』が、そして「感性が豊か」とは『様々なモノゴトを面白いと思える力』が備わっている、と言えるでしょう。
少し脱線しますが、「豊か」とはそもそも『量』の多さを表現する形容詞です。
『豊作』という言葉からもそれは明らかです。
ですから(これは以前にも書いたような気がしますが)「発想が豊か」とは『たくさんのアイデアを考えることができる』状態を表します。
これまた「発想が鋭い」という質の問題と混同する人が多いのでご注意のほど。


さて「感性が鋭い」と「感性が豊か」、これはどちらも私たちにとって重要な能力です。
他人が面白いと思わないようなことを面白いと思える力は、『ひとつのことを深く探求する力』とも言い換えられます(オタク気質とも言えるかも(笑))し、様々なモノゴトを面白いと思える力は『広い視野で様々な情報に関心を持つ力』(これまた悪い表現をすれば浮気性?(笑))でもあります。
まさに現代のビジネスパーソンに求められる、『イノベーションを起こすための情報リテラシーのインフラ』と言ってもいいかもしれません。
しかし、これには個人差があります。
人によって「感性の鋭さと豊かさ、どちらがより強いか」が異なるのです。
オタク気質と浮気性、あえて言うとあなたはどちらでしょうか。
私はオタク気質です(笑)
ただ、通常のオタクよりオタクのジャンルは多いため、浮気性の側面も否定できませんが。
こうして自分自身の感性を質と量の側面で比較すれば、強みを活かす分野は何か、また弱みを克服するために意識すべきことは何かが見えてくるはずです。


さて、先ほど「少し脱線しますが」と言いましたが、ここで取り上げた「鋭い」「豊か」というふたつの形容詞で修飾されるもうひとつの言葉である『発想』と、今回のテーマである『感性』は重要な関わりを持っています。
そう、情報リテラシーのインフラである感性が『インプット能力』であるのに対し、発想は『アウトプット能力』なのです。
イノベーションを起こすというと、どうしても「新しいことを考える力」が重視されがちです。
「発想が鋭い」人が「イノベーティブだ」と言われたりします。
しかしイノベーションのためには、今回取り上げたインプット能力としての「感性の鋭さと豊かさ」が発想の前段で必須なのです。
無から有は生まれないし、インプット無しでアウトプットできるわけもないのですから。
イノベーション人財を志向するのであれば、「何のオタクになろうか?」と「今度は何に浮気しようか?」と考えてみてはいかがでしょうか。
これは決して冗談ではありません。

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