KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

ファカルティズ・コラム

2013年03月29日

ニュートラルな思考と判断

今回は前回の「説明の顧客には受益者と被害者が存在する」を、もう少しコンセプチュアルに掘り下げ、それによって『適切な情報リテラシーと思考のあり方』とそれを通した『判断の仕方』を明らかにしてみたいと思います。
さて、前回私はこう言いました。
—————————
モノゴトには必ず二面性、正と負、プラスとマイナスの側面があります。
「万人が喜ぶ」も「百害あって一利無し」も、どちらもありえないのです。
—————————
この基本的な事実を理解せず、あるいは見て見ぬ振りをして何かに賛成したり反対したりすることを『偏向』と呼びます。
では、具体例で考えてみましょう。



何らかのシステム(仕組みや制度)の導入は、必ずその是非が議論になります。
ご存じの通り全てのシステムには正と負の側面、つまりメリットとデメリットがあるからです。
たとえばTPP。
様々な識者やメディアが、その是非を主張していますが、あなたはどう考えますか。
賛成と考えるあなたは、そのデメリットをどれだけ理解していますか。
反対派のあなたは、そのメリットをどれだけ知っているのでしょう。
もちろんメリットとデメリットを100%理解するのは不可能です。
しかし、たとえ自分が信頼している誰かが賛成/反対を唱えていたとしても、その誰かの意見に単純に賛同していたとしたら、それは紛う事なき『鵜呑み』という思考停止であり、その結果が『偏向』です。
特に我々がTwitterなどでフォローしているのは、もともと自分の価値観に近い人です。だからこそ賛同しやすいのですが、これは『偏向』を強化してしまうリスクを自らが高めている事になります。
さて、あなたはこんな愚かなことをしていないでしょうか。
ここで「いや、両方の意見に耳を傾けた上で自分は賛成/反対している」という方に、さらに3つの質問をしてみたいと思います。


最初の問いは、「様々なメリットとデメリットを理解した上で賛成/反対という判断を下したのは、どのようなモノサシ(評価指標)を使ったか」です。
もっと具体的に言うと、「誰のメリット/デメリットを優先したのですか?」
たとえば自分や自社か、農業関係者か、医療機関か、それとも国や世界か、ということです。
また、それはTPPの直接的メリット/デメリット、つまり短期的な視点か、それともさらにその先のメリット/デメリットの因果関係を考慮した長期的な視点か、ということも考えるべきでしょう。
間違ってもここで「いや、そういうのを全部ひっくるめて総合的に」という逃げを打たないようにしてください。『総合的』という言葉は、ややもすると『感覚的』、もっと厳しく表現すると、『なんとなく』を綺麗に言い換えただけになりがちだからです。
こうして自分のモノサシが明確になってきたら、2つ目の質問です。
あなたはモノサシを何個使っていますか。
これはたとえば「農家の視点だけで考えていないか」「短期的な日本経済へのメリットだけで考えていないか」ということです。
この『モノサシの数』は重要です。
なぜならば、モノサシがひとつしかなかったとしたら、それはとりもなおさず「自分の視点(考える切り口)が偏っている」ことの証明だからです。
ただ、だからといってこのモノサシの数は多ければよいというわけではありません。
あまりモノサシが多すぎると、結局は「あちらを立てればこちらが立たず」になるのは当然で、その結果は「自分には判断できない」となってしまうからです。
理想は2~4くらいでしょうか。
では、最後の質問にいきましょう。
なぜあなたはそのモノサシを採用したのでしょうか。
つまり、数多あるモノサシの優先順位をどう付けたのかということです。
これは自身の価値観や信条を明確にするプロセスでもあります。
これを考えることで、自分は何を重視し、何を軽視する傾向にあるのか、そしてそれはなぜかが明らかになります。
ここまでやってそれでも賛否の意見が変わらなければ、それは堂々と主張すればよいのです。
自信をもって賛成/反対を唱えましょう。
ただし反論に対しては前述の3つの問いに対する答を明確にして、です。
「なんか面倒くさいなあ」と思われた方もいるでしょう。
しかし本来は、ここまで考えて初めて偏向無し、つまり「ニュートラルに考えた」と言えるはずです。
だから、TPPの是非という論点においてこれが出来ていない政治家やオピニオンリーダーは、主張を語る資格を有していないとすら言えます。
もちろんこれはTPPの是非という論点だけではありません。
私たちのビジネスにおける判断全般で必要な情報リテラシーであり、ものの考え方(判断の仕方)だと私は考えます。
特にリーダーと呼ばれる人々、そう、このプログをご覧の皆さんは、少なくともその予備軍のはずです。
部下に対して「我々はこちらに進む」と主張する時、そして組織のトップに対して「我々はこうすべきだ」と提言する時、この3つの質問を思い出してほしいのです。

メルマガ
登録

メルマガ
登録