今月の1冊
2024年03月12日
真山 仁 著『タングル』『失敗する自由が超越を生む』
作品の舞台裏を知る楽しみ
昨今、劇場、音楽ホールのバックステージツアーが人気となり、全国各地で開催されるようになりました。普段はベールに包まれた部分を知ることで、特別感を感じられ、ワクワクしますし、何より作品の作り手側の目線を知ることで、その世界観にどっぷりと浸ることができます。今回は、小説の世界で同じような特別な楽しみ方を体験することができた、2冊の本のご紹介です。
規格外の魅力を持った量子物理学者 古澤明
『ハゲタカ』シリーズの著者として知られる小説家・真山仁さんは、地熱発電開発の奮闘を描いた『マグマ』、続編『ブレイク』 、日本の宇宙開発の問題点に切り込んだ『売国』、民主主義の是非を問う『プリンス』など、緻密な取材をもとに織り込まれた社会問題の提起と、揺るぎないメッセージを込めた作品を多く執筆されています。『タングル』は、シンガポールを舞台に日星の共同プロジェクトとして光量子コンピューター開発について描かれた作品です。
2冊との出会いは、昨年開催した真山さんの講座でした。講座の中で、真山さんが、日本が世界に誇る研究者の1人であり、若手研究者育成にも大変優れた方として、光量子コンピューター開発の最前線にいる古澤明教授のことをご紹介くださったのです。
古澤教授は、『タングル』の肝となる研究に携わる方として、真山さんが直接アポイントメントを取って取材した方です。その際、研究者のイメージを大きく覆す古澤教授の人柄に引き込まれ、そのまま主人公 早乙女教授のモデルにしようと思われたそうです。
真山さんは通常10人、多いときは30~40人ほどのインタビューを経て、小説を書くそうですが、インタビューした方をそのまま小説の主人公のモデルとしたことは一度もないそうで、そんな舞台裏からも、古澤教授には規格外の魅力があったことが伝わります。(作中、真山作品の代名詞となる人物が、“教授ほど魅力的な人物は初めて”と語るシーンも印象的です。)
『タングル』の後、真山さんは突き動かされるように初のインタビュー本『失敗する自由が超越を生む-量子物理学者 古澤明の頭の中』を執筆し、出版されました。
『タングル』の舞台は、優れた研究者・技術者を有しながらも、政治的しがらみなどから、次世代の研究に満足な資金を投下できずにいる日本と、海外ファンド含め潤沢な資金を集めながら、人材不足などから、時間を要する開発・製造をなかなか自国内に育てられずにいたシンガポール。両国の共同プロジェクトという設定から、後半に次から次に巻き起こる手に汗握る展開まで、小説だけでも十分に魅力的ですが、『失敗する自由が超越を生む-量子物理学者 古澤明の頭の中』を合わせて読むことで、その世界にどっぷりと浸り、さらに深い気づき、メッセージを得ることができます。
特に私の中で印象に残った箇所を少しだけご紹介します。
挑戦にかける想い、失敗の定義
冒頭、研究中に2700万円もする測定器を壊してしまった助教に対して、早乙女教授がいつもの調子で「ナイス チャレンジ!」と激励するという描写がでてきます。これは小説のために盛ったシーンではなく、実際に古澤研究室であった出来事で、「限界を知ることでしか、気づくことができないことがある」として、日頃から失敗を奨励しているそうです。
この「挑戦と失敗」の捉え方こそ、世界一の研究を支えてきた重要な要素の1つで、古澤教授は「リスクを取った挑戦でなければ、世界レベルの発見は得られない」と語っています。同時に、「挑戦と無謀は違う」として、挑戦する前に入念な準備を重ねることの重要性、さらには、結果がどうであれ、得られるものがあったならば、その挑戦には価値がある(失敗かどうかは自身で決めよ)と、失敗も含めて挑戦することに大きな意義を感じて研究を進めていらっしゃいます。
そこで大切になるのが、「没頭する経験」と「失敗も楽しむ姿勢」です。
古澤教授は「研究は趣味で、本職はウインドサーファー」(小説ではフリークライミング)と、休日は必ず鎌倉・湘南までウインドサーフィンに出かけ、レベルもプロ級だそうです。「1番」を目指し、負けた時には、敗因を突き詰めて分析し、徹底的に対策を練り、それまでの倍の練習をやる、と常にベストを尽くすのが古澤流。スポーツでも、研究でも、勝利や成功が続くから楽しい訳ではなく、負けても失敗しても、取り組んでいる間、夢中になって時間を忘れている対象を持てるかどうかが大事であると語られています。そして、没頭して考え、行動し尽くした下地があってこそ、ふとした時に「直感」「閃き」が降ってくるともおっしゃいます。
小説の中では、この没頭体験の中で、発明が生まれる瞬間も鮮やかに描かれており、そこに気づいたときは嬉しくなってしまいました。
次世代に活躍の場を譲る
もう1つ、2冊を通じて、古澤教授と真山さんお二人に通じる熱い思いとして感じたのが、次世代に活躍の場を譲ること、そのための“信頼”の重要性でした。
世界一の研究を牽引する古澤教授は、自分よりも爆発力のある学生に実験を委ねた方がいい、との考えから、今は第一線から退き、監督に徹しているそうです。若い子たちに面白いことをやらせてあげたい、世界一を体験させたいと、テーマ設定から日頃のコミュニケーション、研究室の体制まで、従来の研究室の枠組みを超え、独自のやり方を貫いており、若手が失敗を楽しめる環境づくりに尽力されています。
また、現代の日本社会、特に若者における圧倒的な挑戦の場の不足や、若者自身が持つ失敗を回避する思考、若手の失敗を受け入れられない(若手を信頼しきれない) 年長者の存在については、古澤教授、真山さんともに大きな懸念として言及され、作中でも日星両国を舞台に大きく取り上げられ、真山さんの思いの強さを感じるシーンでもありました。
小説の中でも、問題意識や信念がにじみ出る真山さんですが、今回のインタビュー本には、ヒアリングの一つ一つから、普遍化できる要素を的確に抽出したり、視点や抽象度を変えて新たな気づきを付加したりしながら展開する真山さんならではの仕立てが随所に含まれ、2冊を行き来しながら読むことで、より一層、作品の世界観や思いを堪能することができます。
振り返れば、前述の講座の中でも、各回のテーマ設定から、3時間の構成、伝える要素、参加者から意見やその人ならではの経験を引き出す投げかけ、その考察まで、小説家 真山さんの頭の中を普段とは違った形で垣間見る貴重な経験をしたように感じます。
皆さんは、2冊をどのように楽しまれるでしょうか。2冊を通じて、ぜひ、舞台裏を覗くようなワクワク感とともに小説の新しい楽しみ方を体験してみてください。
真山さんの講座は、今年も4月20日から開催予定です。小説の舞台裏を楽しむとともに真山さんが憂う日本の課題を真剣に語り合う全6回、こちらもお勧めです!
◆真山仁さんと語らう【小説の舞台裏と現代日本の課題】
2024年 4/20、5/18、6/15、7/20、8/24、9/21(すべて土曜日)
全6回・各14:00-17:00(3時間)
ハイブリッド開催(対面(キャンパス)でもオンラインでも参加可能)
(鈴木ユリ)
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オススメ! 秋のagora講座
2024年12月7日(土)開講・全6回
小堀宗実家元に学ぶ
【綺麗さび、茶の湯と日本のこころ】
遠州流茶道13代家元とともに、総合芸術としての茶の湯、日本文化の美の魅力を心と身体で味わいます。
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2025年1月25日(土)開講・全6回
宮城まり子さんとこころの旅
【どんな時にも人生には意味がある】
『夜と霧』の著者V.フランクルの思想・哲学・心理学を題材に、生きる目的・人生の意味を語り探求します。
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