夕学レポート
2024年08月26日
笠原将弘氏講演「「腕・舌・遊び心」というモットー」
東京・恵比寿に予約の取れない和食屋「賛否両論」を構えて20年。修業を始めてから数えれば34年。タイトルに掲げた「腕・舌・遊び心」は、笠原将弘が料理人として最も大切にしてきた言葉だというが、同時に氏の歴史を端的に物語るキーワードにもなっている。
生まれながらの料理人
「腕」とは、むろん料理の技術のこと。東京・武蔵小山で焼き鳥屋を営む家に育ち、春は筍、夏は鮎の蓼酢、冬はフグの唐揚げ、カワハギの肝醤油。そんな佳肴をカウンターで味見しながら宿題をした恐るべき子どもは、なるべくして料理人の道へと進んだ。
英才教育により敢えて調理学校には通わず、父の縁で当時新宿伊勢丹のレストラン街にあった正月屋吉兆で修業を始めた。クルマエビ5000匹の殻を剥き、秒で魚をおろし、瞬息の間で盛り付ける。苛烈なまでに多忙な日々を送る中、師匠からは「手の速さ」こそが全て、無駄を絶対悪とする「二度手間禁止」を骨の髄まで叩き込まれた。おかげで予約客しか取らない銀座吉兆の同期生との差は開きに開き、「腕」は着実に磨かれていった。
淡さに宿る深み
「舌」の確かさをはかりたければ吸い地(椀に張るすまし汁)を味わってみればいい、と言い切る笠原は、改革者の印象が強くてもやはり正当な和食の継承者であることを思い出させてくれる。
本物の吸い地は、「ひと口目は『…?』。ふた口目には『薄い』。3口目でようやく『…おいしい』」と感じるはずだという。あたかも雲のように、たゆたいながらゆっくりと感覚器に受容されていく、淡く繊細なうま味のグラデーション。一流の料理人とは、そのあわいのミクロな地点に、自分の持ち味を定めようと求道する者なのかもしれない。
アイデアの源泉
「『腕』と『舌』がある人はいくらでもいるが、『遊び心』を持つ人は少ない」
そう胸を張る笠原が生み出すクリエイティビティの源には、ユーモアと自由な発想力が躍動している。
四季折々の食材に、うつわやカット技法、かいしき(飾り葉)といった和食のさまざまな要素を総動員させ、それぞれにアイデアをかけあわせる。
果物の柿にあられの「柿の種」を砕いた衣をつけて揚げる「カキフライ」や、新ショウガのソルベ「ガリガリさん」(”君”にあらず)は、ほんの一例。言葉遊びと異素材の出会いが楽しく、食べた時の驚きを味わってみたい好奇心にかられる。
主戦場はカウンター
意外にも、割烹のカウンターほど「遊び心」の真価が試されるところはないという。曰く「間合い」が命。「観察力・洞察力・想像力」を結集し、初めての客をシャーロック・ホームズさながら瞬時に「プロファイリング」し、銘銘のもてなしに投影する。
カップルなら指輪の有無や話し方で関係性を読む。一杯目を決めるのが早ければ、「呑む人」とみて(高価な)日本酒を薦める。最初に交わした二言三言で、お喋り好きか放っておいてほしいタイプかを見極める。教養のありそうな人には生半可な知識で戦わず、聞き役に徹する。苦手食材など実際的なカウンセリングは最初に済ませ、「いい流れ」を止めない配慮を徹底する。
先付に始まり、6種から選べる最後のデザートに至るまで。開店以来打順を変えていないおまかせコースの一品一品を、調理をしつつ「間延びしないよう」全ての客に目配りし饗応するのだから、並大抵のことではなかろう。しかし笠原の語り口は終始軽妙で、いとも楽しげなのだ。
不遇時代の意外な突破口
とはいえ、笠原の料理人人生は必ずしも順風満帆だったわけではない。父の死を機に吉兆を辞め焼き鳥屋を継いだ暫くのちは、迷走し店に閑古鳥が鳴いた時代もあった。
そんなとき、メニュー黒板のアキに日々のコラムを書き綴ったところ、徐々に注目を集めるようになる。高い食材が買えない苦肉の策で、人参のムースや玉葱のタルトなど野菜中心のメニューに変えたことも功を奏し、やがて地元の外からも人が来るようになった。辻角に立つ瓦版ならぬメニュー黒板とは隔世の感があるが、その後は品川のケーブルテレビや地元タウン誌に紹介されることも増え、現在の「賛否両論」へとつながるのだから、十分なパブリシティ効果があったと認めざるを得ない。SNSなき時代、地道な言葉の発信が突破口を開いたというこのエピソードが、笠原のその後を暗示するようで面白い。
そも「賛否両論」という店名からして、なかなかに人を食っている。「料理は万人受けするものではない、好みの世界。9割がイマイチと思っても、1割が熱狂的に支持してくれればいい。そんなバンドのような存在になれたら」。そううそぶく笠原は、いっぽうで「こんな店名だったら嫌だ、と思う名前にした」とも語る。すね者だ。
笠原将弘というメディア
修業時代や無聊をかこった頃の悲劇も今やネタになったと笑う笠原は、無類のラジオ好きとしても知られる。ティーンの頃から深夜ラジオのヘビーリスナーで、投稿したハガキを読まれることもしばしばだった。「自分を笑う」「自虐的」なパーソナリティはその頃から醸成されたと述懐し、今もサウナで「ひとり大喜利」をやるという笠原は、自分を含めた対象を相対化する術に長けているようだ。俯瞰して全体を睥睨し、苦難も笑いに昇華する醒めた目線で、軽やかに和食を再編集してきた。
相対化は、自身がメディアそのものとなって発信することにも寄与しただろう。黒板から幾星霜、今や店と自身の名を冠した動画のチャンネル登録数が64.5万人超えと聞いても驚きはない。「賛否両論」監修のライセンスビジネスの手堅さからも、ブランディングの持続可能性が証明されている。
「若く新しい職人像」をつくるべく、マスコミへの露出も積極的に行ってきたという笠原も50代。動画からは弟子たちとの微笑ましいやりとりが伝えられ、門下から巣立った後進の活躍もきかれる。笠原自身はヨコの繋がり(「恵比寿会」「72年会」)で学び合い、情報のアップデイトも怠らない。
浮沈の激しい料理人の世界で、時代と伍しながら強くしなやかに、且つ飄々とサヴァイヴし続ける秘密。その一端を垣間見た気がした。
(茅野塩子)
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笠原将弘(かさはら・まさひろ)
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- 日本料理「賛否両論」 店主
1972年東京都生まれ。焼鳥店を営む両親の背中を見て育ち、幼少期からさまざまなセンス、技、味覚を鍛えられる。高校卒業後「正月屋吉兆」で9年間修業後、父の死をきっかけに実家の焼き鳥店「とり将」を継ぐ。店の30周年を機に一旦店を閉め、2004年に「賛否両論」をオープン。独創的な感性で作り上げる料理が、訪れた者の心を掴み、予約のとれない人気店として話題になる。2013年には名古屋に直営店をオープン。
テレビ番組のレギュラー出演をはじめ、雑誌連載、料理教室など幅広く活躍。2023年6月にはYouTubeチャンネル『【賛否両論】笠原将弘の料理のほそ道』を開設。流暢な語り口で調理のコツを惜しみなく解説し、現在のチャンネル登録者数は64.5万人を超える。
私生活では、ビールをこよなく愛する3児の父。愛称は「マスター」。父親が焼鳥店の常連客にそう呼ばれていたものがそのまま受け継がれ、定着。
『腕・舌・遊び心』をモットーに、父親譲りのセンスと一流料亭で磨いた確かな技術で今日も腕を振るう。
「日本で一番、人の役に立ち、喜ばれた和食屋だった」と、後世に名を残せることを目標に日々邁進中。
日本料理「賛否両論」:https://www.sanpi-ryoron.com
YouTube【賛否両論】笠原将弘の料理のほそ道:https://www.youtube.com/@sanpiryoron
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