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夕学レポート

2024年10月10日

黒川伊保子氏講演「人生に効く脳科学~脳の本番は56歳から始まる~」

黒川 伊保子
株式会社感性リサーチ 代表取締役社長
講演日:2024年5月20日(月)

黒川伊保子

黒川伊保子さんに聴く、七転び八起きの五十六歳

講演のタイトルは「人生に効く脳科学~脳の本番は56歳から始まる~」。
私のような五十代半ばの人間にとっては、なんとも魅力的な響きだ。心なしか聴講者も同年代が多かった気がする。
誰もが自らの人生に重ね合わせながら聴いたであろう、今回の黒川さんのお話。
ということで、ここでは私の個人的な話から入ることをお許しいただきたい。

人生山あり谷あり、と最初に言ったのは誰だったか。
人生は山登り、と、もっと直截的に言った心理学者もいたけれど。
百年に一度の出来事が、人生のどこで起きるか起きないか、それもまた運命。
私の場合、人間五十年、人生という山に登るのにも疲れた頃に、コロナが始まった。
そこで山に登ることにした。
密を避けられる適度な運動、という口実の下での、日帰り低山単独行。
人生ではない、本物の山に、逃げ込んだ。

コロナ収束までの三年間に、踏んだ頂の数は百を超える。低山ばかりだが。
行って帰って数時間。高低差にして数百メートル。歩く距離なら数キロメートル。
うーん、いろいろに数えてみるが、どれもしっくりこない。
身長体重年齢ほぼ同じ、でも個性あふれる百の山々。そこには確かに人生があった。

人生が山登りに例えられるなら、山登りも人生に例えられるはずだ。
そんなことを考えながら、黒川さんの講演を聴いた。

黒川さんの説によれば、脳は7年周期で変化し、人生に波を創り出すという。
そして大きな転機はその4倍、28年ごとに来るらしい。

「人生最初の28年間、脳は著しい入力装置。
単純記憶力という、たくさんの情報を素早く仕入れて長くキープする力がピークになる。
次の28年間、脳は回路の優先順位を決める。
勘が働くようになるまで、ニューラルネットワークの書き換えをおこなっていく。
続く28年間、脳は出力性能を最大にする。
一生のうちでもっとも頭が良くなるのは、50代後半から。」
黒川さんの説を、かなり大雑把にまとめると、こんな感じだろうか。

ここで指折り数えてみる。28+28+28=84。84歳って、ちょうど日本人の平均寿命だ。
つまり黒川さんの説では、人生は三分割。序破急、守破離、序盤中盤終盤戦、ってことか。

それぞれの季節をもう少し詳しく見てみよう。

最初の28年間は乳児期から青年期まで、主にインプットの時代。
確かに、若い頃は何でも頭に入るし、何もかもが経験になる。
その時に見聞きしたものが、無意識のうちにその後の人生の基盤になっていたりもする。
そしてこの28年間も、前半と後半では少し様相が違う。
黒川さん曰く、前半の脳は子どもの脳、後半の脳は大人の脳。
境目となる14歳くらいは身体的にも精神的にも子どもから大人への移行の真っ最中、いちばん不安定な時期だ。だから、揺れ動くこの年代の子が、漫画やアニメの主人公とかには多かったりするのかもしれない。現実には中二病と揶揄されたりするのだけれど。

次の28年間、28歳から56歳までは、社会人としては働き盛りの時期。
サラリーマンである自分に引き寄せて考えてみると、28歳は中堅社員の入り口だし、56歳は役職的なピークに近い。でも自覚的には、その中間、40代の前半くらいが心身ともにもっとも充実していた気がする。プライベートでも、例えばエッセイで大きな賞をいただいたのは、42歳の時だったなあ。
それは平均寿命84歳の、ちょうど半分。
人生が山登りなら、行って帰ってのちょうど折り返し地点。まさに頂上だ。
人生・宇宙・すべての答えは、Google先生に訊くまでもなく、やはり42歳だったのだ。

となると56歳からは、やはり下山の思想の季節なのだろうか。
役職は下がる、収入も下がる、物は忘れる、新しいことは覚えられない。
山登りでも、下りのほうが膝に来る。そして遭難しやすいのも実は下り。
登りの斜面は山頂という一点に収斂していく。ひどく乱暴に言えば、いくら道に迷ったところで、迷うことはない。高いほうへ高いほうへと進んでいけば、やがて頂点に達するはずだ。
それに対し、下りの斜面は裾野全体に拡散していく。一歩、下りるべき尾根を間違えるだけで、入るべきではない谷に迷い込んでしまう。やがて行き場も、戻る道も、自分も見失う。

そうではない。56歳からが脳の本番、アウトプットの本番なのだ。
そのことを伝えるために、黒川さんは、昭和から平成に活躍した棋士・米長邦雄の、次のような言葉を引いた。
『20代の時は何百手先も読めた。50代になるとそんなわけにはいかない。なのに、50代のほうが、なぜか強いんだ。』
なるほど。
49歳11か月で名人位を獲得した米長の、この呟きに、28歳とは違う、56歳の生き方のヒントが隠されている。

ところで、平均寿命の84歳は、あくまでも平均。それより短い人も、長い人もいる。
その、84歳から先について、黒川さんはこう語った。
「脳梁は、歳を経るごとに細くなっていく。でも、90代になると、もう一度開く。どうやら脳には次の28年があるらしい。その時、脳は再び新しいものを取り入れはじめる」
さっき、人生を三分割と言ったけど、そうではなかった。
やはり、序破急では終わらない。四つ目の季節、シン・時代があるのだ。

そもそも、頂上を極めたからと言って、下山しなければいけないという道理はない。
そこから尾根伝いに縦走したっていい。
麓と頂の間を、山と谷の間を、下っては登り、登っては下り。
七転び八起きのこれまでの人生を振り返りながら、ただただ歩く。
そのような生き方、歩き方を始めるための、分岐点としての56歳。

左右に切れ落ちた稜線を、しかし下を覗き込むことなく、前だけを見て歩いていこう。
その、連なって歩く私たちの姿がスカイラインに溶け込むとき、少子高齢というこの国のシルエットも、少しだけ違ったものに見えてくるかもしれない。

(白澤健志)


黒川 伊保子(くろかわ・いほこ)

黒川 伊保子
  • 株式会社感性リサーチ 代表取締役社長

人工知能研究者(専門領域:ブレイン・サイバネティクス)、感性アナリスト、随筆家
日本ネーミング協会理事、日本文藝家協会会員

1959年、長野県生まれ、栃木県育ち。1983年奈良女子大学理学部物理学科卒業。
ヒトと人工知能の対話研究の立場から、コミュニケーション・サイエンスの新領域を拓いた感性研究の第一人者。脳の気分を読み解くスペシャリスト(感性アナリスト)である。
コンピュータメーカーにてAI開発に携わり、男女の感性の違いや、ことばの発音が脳にもたらす効果に気づき、コミュニケーション・サイエンスの新領域を拓く。2003年、株式会社感性リサーチを設立、脳科学の知見をマーケティングに活かすコンサルタントとして現在に至る。特に、男女脳論とネーミングの領域では異色の存在となり、大塚製薬のSoyJoyをはじめ多くの商品名に貢献。
人間関係のイライラやモヤモヤに〝目からウロコ〟の解決策をもたらす著作も多く、『妻のトリセツ』をはじめとするトリセツシリーズは累計で100万部を超える人気。

黒川伊保子オフィシャルサイト:http://ihoko.com
株式会社 感性リサーチ:https://kansei-research.com

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