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夕学レポート

2024年10月17日

佐藤 優氏講演「国際関係で強まる新帝国主義と日本の進路」

佐藤 優
作家・元外務省主任分析官
講演日:2024年10月11日(月)

佐藤優

水晶玉の覗き方

佐藤優氏は最近タロット占いに関心があるそうだ。今回の講演では話していなかったけれどどうもそうらしい。もっとも関心があるのは占いそのものではなくて、モダン(近代)の見方では限界がある時に別の見方をする、その時に必要なのがプレ・モダン(前近代)の見方だからとの理由らしいが。でも―かなりの確信をもって言うけれど―佐藤氏が占い師になったらとっても似合いそうだと思うのは私一人ではあるまい。紫のカーテンや水晶玉とか相性が良さそう…。言葉にも説得力があるし。かなりの見料を設定しても政財界の人とかが今以上に押し寄せそうだ。

冗談はさておき、占いビジネスのあり方はインテリジェンス活動のヒュミント(HUMINT: Human Intelligence 人間を介したインテリジェンス活動)とも通じるところがあるように思える。人が不測の事態にどのように反応し感情を抱くのか、人の心の動き方へ敏感に反応して(=内在的論理をつかむ)心の中に入り込み情報を引き出す。水晶玉を覗く訳にいかない我々の場合は近未来の見立てをどのようにすべきか。今回の講演は佐藤氏による水晶玉の覗き方の一端を教えてもらうまたとない機会となった。

大まかにいえば国内外の情勢についての分析とその見方の説明ではあるが、黄金の言葉が次々と降ってくる感覚を受けたのは方法論がしっかりと確立されているからだ。聴衆の多くも恐らく単なる情勢解説を期待していた訳ではないだろう。そして後述するがこの「黄金の言葉が次々と降ってくる感覚」の理由を確信したのは講演の最後だった。

新帝国主義など大きな潮流の読み解き方を佐藤氏はレーニン、ハーバマスなど社会哲学から掴んでいる。レーニンは「外交史や統計を見てもわからないものを見るポイントは『支配層がどこにいて何を考えているか』を見るかだ」といい、今の時代の帝国主義は植民地を持たない、帝国主義国家のバランスが変化して覇権国移動が起きていると指摘する。アメリカの国力が低下し中国、ロシアの力が強くなってきている今日、アメリカがなめられているからこそロシアのウクライナ侵攻やハマスの攻撃を生んでしまったというのだ。さらに既存の抑止力神話が脆弱になっていることも挙げられた。お手軽な本が売れがちな昨今、社会哲学を読むことの重要性を指摘されるのは意義深い。そういえば30年ほど前ある人から「21世紀は観光の世紀になる」と聞いたことがある。既に外国旅行は当たり前になっているのにと不思議に思ったものだが「30年前には近未来だった『今』」となってはその意味がよくわかる。当時はオーバーツーリズムなんて想像もできなかった。

分析は「顕教(理論)と密教(マニュアル化できないもの、口伝で僧侶間でのみ伝えるもの)」と、仏教に例える。最近のオシント(OSINT: Open Source Intelligence 公開情報諜報)の流行について95%は公開情報から、残りの5%は自分で得た情報で構成されるそうだが、その公開情報諜報をAIで実施しても失敗する。なぜならオシントはヒュミント、シギント(SIGINT:Signals intelligence 通信傍受分析による諜報活動)などの集大成であることによる。若手をオシントチームに入れても良いがスーパーバイズをするのは年季のいった高度な専門家でないといけない。これが前述の「マニュアル化できないもの」に相当するのだろう。そして現場へ行き自分の目で見ること。ロシアとイスラエルの訪問の様子がテンポ良く語られ、ロシアは欧米からの経済制裁により(制裁国の思惑とは逆に)かえって国内経済が強くなってしまったと説明した。具体的にはマクドナルドやスターバックスが撤退しても類似の店舗がオープンしたこと、北朝鮮の内装業者が多くロシアへ働きに行きルーブルで給料をもらうので北朝鮮が欲する小麦や石油などをルーブルで購入できること、対露制裁国の商品を扱う専門店があり中国や中央アジア経由で商品が入ってきているので不自由はしないことなど話が続く。

一方、国力は戦争でわかる。ウクライナの形成能力がなさに言及し「『良い・悪い』と『強い・弱い』は違う。そういう目で国際情勢は見なければならない」とばっさり切り捨てた。
「そういう目で見る」事例の二つのうちのひとつが天然ガスについてだった。日本はロシアからの天然ガス供給を続けているので1日当たり30億円がロシアへ流れている。岸田前首相の地元の広島ガスは10年計画でサハリンから天然ガスの購入をしており、同社がロシアから輸入する割合は天然ガス調達量全体の50%、これが止まれば夏のエアコンの設定温度は34度になってしまう、いわば人質だ。うん、確かにそういう目で見なければ夏に死亡する人が続出することは間違いない。

「怖がる必要のあるものとないもの」の区別の仕方を紹介し、最後に石破茂首相についての分析をキリスト教の信仰から読み解いて紹介した。佐藤氏の講演に一つ欲を言えば、共産党以外の野党政治家の分析があればバランスが取れてさらに良かったと思う。与党や現官僚の情報ももちろん有益だけれど選挙民にとっては野党分析の視点も知りたい。現政権の分析中心になると「権力寄り」にも見えてしまいかねない。

佐藤氏は扱う範囲が広く国際的であるのと聴衆の職種が広範囲なことを想定してか、どうしても話の広がりが通常の人とは比較にならないほど大きい。一般聴衆はつい「すごいなあ、でも自分はそこまでは無理。お話拝聴します」的な立ち位置になりがちで、ただ茫然としてしまう。どのように自分へ引き寄せて佐藤氏の分析手法を用いれば良いのか戸惑う人も多いのではないか。それについて大変参考になる方法を二つ教えてくれた。

一つは「自分の必要な情報(と立ち位置)は何かを決めること、そしてその分野のプロに話を聞くこと」。そのためにはまず相手が真実を知る立場にあるか、その能力があるか、そして自分の個別利害を離れて真実を教えてくれるかを見極める。二つ目は―これは心構えとしても大変重要なことだと思うが―権威のいっているからといってそのままコピーするだけではいけない、自分で判断して行動せよということだ。
佐藤氏の分析を神託にしてはいけない。常に自分の頭を使え、潮流と細かな事実を把握して変化激しい情勢を見極め判断し情報の海を渡れということだろう。それこそが単なる情勢分析の解説に留まらない、今回の講演に貫かれた佐藤氏の姿勢であり、メッセージなのだと思う。

(太田美行)


佐藤 優(さとう・まさる)

佐藤優
  • 作家・元外務省主任分析官

1960年、東京都生まれ。埼玉県立浦和高等学校、同志社大学神学部を卒業。同志社大学大学院神学研究科修了(神学修士)。
1985年に外務省入省。英国の陸軍語学学校でロシア語を学び、その後モスクワの日本国大使館、東京の外務省国際情報局に勤務。外交官勤務のかたわらモスクワ国立大学哲学部で弁証法神学を講義し、東京大学教養学部で民族問題を講義する。
2002年5月に鈴木宗男事件に連座し、東京地検特捜部に逮捕、起訴され、無罪主張をし争うも2009年6月に執行猶予付き有罪確定。2013年6月に執行猶予期間満了。この逮捕劇を「国策捜査」として描いた『国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社、2005年)は、大きな波紋を呼び、毎日出版文化賞特別賞を受賞。『自壊する帝国』(新潮社、2006年)が新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した。
現在は作家としての創作とともに、外交・安全保障問題、インテリジェンス、思想、勉強法などの分野でも精力的な評論活動を展開している。

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