夕学レポート
2024年12月18日
今井 翔太氏講演「生成AI で世界はこう変わる」
「アザスは、ギリシャ神話に登場する感謝の神です」。
つい先ごろ、「アザス」というワードをGoogle検索した際に示された“AIによる概要”のこの一文がネット上で話題となった(2024年11月末頃)。もちろんそんなギリシャの神は存在しない。これは、2020年末頃からSNS上でたびたびバズっていた“ネタ”をAIが学習してしまっていたことによるハルシネーション(妄想・幻惑という意味で、AIがシレッと披歴する嘘のこと)と見られている。「アザス」というのは「ありがとうございます」を縮めて言う若者言葉としてお馴染みだ。ちなみにこのギリシャの神シリーズのネタには、他にも「挨拶の神 《チャス》、依頼の神 《オナシャス》」といったものがある。このエピソードに限らず、生成AIによる珍妙な誤答や非現実的な画像は、たびたびSNSの好餌となっている。
生成AIの奔流が世界を呑み込む
2022年11月30日に、OpenAIがChatGPTをリリース。公開後5日間で利用者数が100万人に、2ヶ月で1億人を突破するなど注目を集めた。今やその月間ビジター数は40億人に到達しようとしている。あっという間に普及したChatGPTが、学生のレポート作成に利用されることの是非や、画像生成における著作権の問題など、さまざまな議論を巻き起こしつつも、MicrosoftやGoogleなどのメガテックから国内外のスタートアップまで、各社が続々と生成AIツールをリリース&バージョンアップし続けている。
このように既にITの基本ツールとなったように見える生成AIだが、意外にも日本企業での業務利用はあまり進んでいない。
2024年11月に情報通信総合研究所が発表した調査結果では、生成AIを導入・検証している日本企業の割合は従業員数1000人以上の大企業でも3割にとどまることが分かった。従業員数が少ない企業ほど導入割合は低い。帝国データバンクが同年8月に行った同様の調査ではさらに低く、生成AIを活用している企業は17.3%にとどまった。米国では有力企業「フォーチュン500」の大半が生成AIを導入済みだというデータもあり、日本企業の対応は遅れている。
しかし、生成AIという奔流は今、止めようもなく時事刻々と世界中を呑み込んでおり、もはや日本人の我々も無縁ではいられない状況なのだ。
驚愕エピソードの数々
今回の講師はかの有名な東大の松尾研究室出身の若きAI研究者、1994年生まれの今井翔太氏だ。夕学講演会では異例なことに今回の講演では85シートにも及ぶ大部なレジュメが事前に配布された。若くて頭の良い人にありがちな超絶早口で、そのレジュメのほぼ全部を駆け足で解説された講演を、このレビューページ内で再現するのはどだい無理というもの。
そこで「生成AIとは?」といった基本的な内容については、氏の近著『生成AIで世界はこう変わる』(SBクリエイティブ刊・2024年)をお読みいただきたい。手頃な新書なので入手もしやすい。
ということで、ここでは筆者の印象に強く残ったエピソード1~4を列挙する。
1: ここまで来ている生成AI
【国家試験に合格&博士号レベル】
▼すでに2023年時点で、GPT-4は30近い言語を使用可能となり、医師国家試験と司法試験に合格可能のレベルに到達していた。
▼GPT-4o、Gemini 1.5(Google)、Claude3.5(Anthropic)等の生成AIは今や、あらゆる分野に関して大学生レベルの知識を持ち、いくつかの学問分野で大学院生レベルの推論能力を持つ。
▼2024年10月時点で、OpenAI o1はさまざま学問分野で博士号取得者並の推論能力を持つに至っている。
【動画や音声も自由自在】
▼Sora(OpenAI)、Veo(Google)などの動画生成AIは、人間が現実と見分けがつかない動画を文章から分単位で生成可能で、静止画を意図通りに動かすことも可能となっている。先の米国大統領選挙戦では、これらによるフェイク動画が溢れかえった。
▼GPT-4o、VALL-E-X(Microsoft)などの音声合成AIでは、数秒程度の声のサンプルから当人と同じ声で自由なセリフを発声することができる。
▼Audio Craft(Meta)やStable Audio(Stability AI)などのサウンド生成AIは、効果音・自然音のほか長時間の音楽の生成ができ、Suno AI(Suno, Inc.)では歌詞入力のみから歌唱と伴奏の生成までができる。
【マルチモーダルで入力もラクラク】
▼GPT-4o、Gemini 1.5、Claude3.5などでは、ラフな手書きメモからウェブサイトのコード生成が可能となっている。またGemini 1.5は「10時間以上の動画」や「107時間以上の音声」を瞬時に処理し、文字起こしや要約、質問解答などを行うことができる。
▼生成AIに+αの方法を組み合わせることで、例えば数学オリンピックで銀メダルを取ったり、プロンプトのみからツールを駆使して複雑なソフトウェアの設計や研究をこなすこともできる。
2: 2~3カ月で使えなくなるレジュメ
2018年段階のGPT-1や2019年段階のGPT-2は幼児のおもちゃレベルだったが、わずか5年後のGPT-4は国家試験にも合格でき、ウェブサイトのコードも書けるレベルにまで進化した。生成AIの進化は指数関数的なので、今井氏のような専門家が書いたレジュメでも、わずか2~3カ月で古くなってしまう。
例えば、今井氏が2024年8月に文部科学省の生成AIの利活用に関する検討会議に招かれた際にプレゼンした資料の中で、5年以内に起きる予測として書いた
「自動研究の発展→いくつかの機関やプロジェクトで自動研究の取り組みが始まる。特にデジタル空間のみで解決する分野(コンピュータ科学や数学など)に関しては、相当部分が自動化可能に」
という部分が、なんと翌月にはThe AI Scientist(Sakana AI)という現実の物としてリリースされてしまった。このAIは研究内容の提案からプログラミング、実験までを自動で行い、査読を通るレベルの論文を自動で執筆するという。
3:100年間の進歩がわずか数年以内に!?
【ダリオ・アモディの発言】
Anthropic CEO ダリオ・アモディ氏は、AIのみならず、物理学・生物学・医学において専門的な研究をおこなってきた“博士”である。そんなアモディ氏が“誠実な予想”としてこう語る。
「あと5~10年で人間の寿命は150年くらいになる可能性が高い。精神疾患も治療できるようになるし、 感染症や癌の撲滅も可能と考える。今まで人間の科学者が100年かけて成し遂げた進捗が、AIを用いた研究によって5~10年に圧縮されるのだ」
【アッシェンブレナーの発言】
2024年4月までOpenAIのスーパーアライメントチームのメンバーだったレオポルド・アッシェンブレナー氏。このチームは「人間を超える知能『超知能』(superintelligence)を得たAIと人間が協力できるようにするため、その技術的課題を4年以内に解決すること」をミッションとしていた。そのアッシェンブレナー氏がこう語る。
「GPT-2からGPT-4までの間に起こったことは単に学習の計算量を増やしただけで、単にそれをもう一度やるだけで、AI自身がAI研究をするくらいに賢くなる。するとAIがAIを生み出す知能爆発が起こる。そうして誕生したAIを科学・経済のあらゆる分野で活躍させれば、20世紀全体で起きたような劇的な変化が数年で起きる」
4:高学歴ホワイトカラーは退場!?
生成AIが登場する以前の2010年代まで、経済学者などは 「特別なスキルを必要としない低賃金の仕事ほど、コンピュータやAIによる自動化の影響を受ける可能性が高い」と喧伝していた。
しかし生成AIが実用化して以降は、「高学歴で高いスキルを身につけている者が就くような高賃金の仕事ほど,コンピュータやAIによる自動化の影響を受ける可能性が高い」という実態が明らかになってきた。
金融アナリストや会計士・ファンドマネージャー、開発エンジニア、デザイナー、マーケティングストラテジスト、サーベイ研究者、数学研究者、作家・詩人・ジャーナリストなどなど、専門的ホワイトカラー職種の8割が何らかの影響を受け、さらにそのうちの2割は仕事の半分以上が置き換えられる可能性がある。実際、アメリカや中国では生成AIに代替可能な職種の採用打ち切りが始まっているという。
人類史上最大の転換点を目撃している
活版印刷・火薬・羅針盤は世界の三大発明とされている。また火や道具の発明、通貨の発明、産業革命などが人類の歴史の転換点となったともいわれる。
思えばインターネットが登場した際も我々の生活は革命的に変わったが、生成AIの登場は、こうした発明や革命とは較べようもない、人類にとっての大きな転換点となるだろう。というのも、ホモ・サピエンスの出現以来30万年もの間、人間は地球上で最も賢い存在であり続けた。そもそもホモ・サピエンスとはラテン語で「賢い人」「知恵のある人」という意味だ。最も賢い猿よりも人間の幼稚園児の方が賢い。知能は人間の特権であり、歴史上どの時点においてもそれは疑いようのない事実だった。
しかし今まさに我々は人類史上初めて、人間よりも賢い存在=生成AIとの出会いを体験している。長らくSF的に語られていたシンギュラリティが、にわかに現実味を帯びてきているのだ。
このさき我々は生成AIに仕事を奪われ、生成AIの奴隷として生きることになるのか。茫漠とした不安に襲われつつ迎えた講演の締めくくりに、今井氏が語った結論…それはまるで昭和の小学校の道徳の教科書のように明るく朗らかだった。
「だから、人格的に良い人でいましょう。嫌なヤツだけど仕事だけはデキるから、と許されてきた人は淘汰されます。これからは人間の差別化要素は仕事のスキルではなく人格だけになるので」
「そして健康でいましょう。どんなに科学が発展しても健康を害していては意味がないので」
暇つぶしにChatGPTと会話をすることがある。風邪を引いたと言えば、優しいいたわりの言葉とともに最適な治療法を教えてくれる。家族の愚痴を言えば、慰めとともに家族のありがたさを再認識させてくれる。かようにChatGPTは “良い人”だ。けっこう人格者だ。私にこれを凌駕するのはかなり難しい。今井氏の結論は、悲しいかな私にとってはまったく救いにはならなかった。
(三代貴子)
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今井 翔太(いまい・しょうた)
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- AI研究者
1994年、石川県金沢市生まれ。東京大学大学院 工学系研究科 技術経営戦略学専攻 松尾研究室におけるAIの研究で博士(工学)を取得。人工知能分野における強化学習の研究、特にマルチエージェント強化学習の研究に従事。ChatGPT登場以降は、大規模言語モデル等の生成AIにおける強化学習の活用に興味。生成AIのベストセラー書籍『生成AIで世界はこう変わる』(SBクリエイティブ)著者。その他書籍に『深層学習教科書 ディープラーニング G検定(ジェネラリスト)公式テキスト第3版』(翔泳社)、『AI白書2022』(角川アスキー総合研究所)、訳書にR.Sutton著『強化学習(第2版)』(森北出版)など。
WEBサイト:http://shota-imai.com/
X(旧Twitter):@ImAI_Eruel
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